この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Open access, gen AI, and the criminology evidence base
新時代の知識流通:オープンアクセスと生成AIがもたらす刑事学の変革
刑事学研究の現場に、かつてない大きな変化が訪れています。
それは「オープンアクセス(OA)」と「生成AI(genAI)」という、知識流通の二大潮流によるものです。
この記事では、これら二つの要素がどのように刑事学の evidence base(エビデンスベース)――政策決定や実務の根拠となる研究体系――を形作りつつあるのかに迫った論考を紹介し、その主張の意味や課題を私自身の視点から深掘りしていきます。
まさかのデータが示す事実:AIは「無料で読める論文」ばかりを根拠にする!?
まず、紹介記事の主張を簡単にまとめておきましょう。
“The findings reveal that genAI is making OA outputs central to criminology’s evidence base. Free materials are easier for both humans and machines to discover, scrutinize, and integrate into policy and practice. Paywalled research is more likely to be ignored. The takeaway is clear: criminologists who keep their work closed access are blocking its inclusion in the evidence base.”
(AI技術はオープンアクセスのアウトプットを刑事学のエビデンスベースの中心に据えつつある。無料で読める資料は人間にもAIにも発見・精査・活用しやすい。逆に有料化された研究は無視されがちだ。結論は明快で、有料化を続ける研究者は自らの業績がエビデンスとして用いられなくなることを意味する。)
また、実際に3種のgenAIツール(Gemini, ChatGPT, Perplexity)で刑事学のリテラチャーレビュー(文献レビュー)を試みたところ、多くが(1)無料フルテキストを根拠にし、(2)有料論文は引用されにくい、(3)ChatGPTのように「ありそうで実在しない」捏造リファレンスを出すケースもある、という実態が明らかになりました。
知識の“壁”を飛び越える?——オープンアクセス×AIが学術界に与えるインパクト
まず、オープンアクセス(OA)とは何かを再確認します。
Suber(n.d.)によれば、「デジタルで、オンラインで、無料、しかも著作権・ライセンスの制約がほとんどない」ものがOAになります。
この考え方が研究現場で重要視される一番の理由は、「発見されやすさ・使われやすさ」に直結するからです。
私がこれまで調べてきた分野でも、“無料”かどうかで引用・活用回数が大きく変わる状況は珍しくありません。
OAの論文ほどメディアで紹介されやすく、政策にも採用されやすいという「引用優位性(OA citation advantage)」もさまざまな分野で報告されてきました。
これに生成AIという新たなプレイヤーが登場した結果、今まさに「無料=価値が高い」流通構造が強化・加速し始めています。
なぜなら、生成AIは人間よりも「機械的にクロール&抽出」する傾向が強く、インターネット上に露出して自由閲覧できる情報しか学習も参照もできないからです。
引用元の記事では次のように端的に述べられています。
“OA improves the discovery, review, synthesis, and application of scholarly knowledge.”
(OAは学問的知識の発見・レビュー・統合・応用を促進する。)
これに加えて重要なのは、人間が当然できた「有料論文の閲覧」「アカウント経由のアクセス」などの抜け道が、genAIには原則不可能なことです。
つまり、AIに取り残されると、いくら研究成果が優れていても“デジタル社会のブラックボックス”に消えてしまうリスクが高まります。
利用現場のリアル:AIツールの「ハリボテ引用」と学問の信頼性
では、最新のAIツールはどれだけ信頼できるのでしょうか。
記事中で興味深かったのは、ChatGPTだけが「架空のリファレンス(引用)」を連発したという指摘です。
“OpenAI’s reference list was essentially one large hallucination. It lists 12 works … but every link fails. … the references are portmanteaus of real works and fabricated details.”
(ChatGPTのリファレンスリストはほぼ全部“幻覚”だった。12本の論文が並ぶが、実際のリンクにたどり着けない。現実に存在する研究を適当に切り貼りした混成品でしかなかった。)
一方で、Google GeminiやPerplexityは、きちんと実在&無料フルテキストの論文中心に根拠を示したとのこと。
この違いは、AIの仕組みや設計思想――裏側で「どこまでデータを crawl しているか」「アウトプットの検証負荷を誰(AI/ユーザー)に残すのか」――によるものです。
これは、生成AIによる情報収集や意思決定補助が、いかに“楽で便利”なようでいて、実は「過信・鵜呑みにしてはいけない」分野が残っていると教えてくれます。
人間が直接アクセスしない限りリファレンスの中身を精査できない、あるいは幻の文献(hallucination)に踊らされた意思決定をしてしまう危険性も指摘しておく必要があります。
批評的考察:「全員無料開放化」は本当に持続可能なのか?
ここまでの議論を踏まえて、記事の主張に対する私なりの考察を述べます。
まずオープンアクセス化の加速は、確かに「科学の民主化」や「政策インパクト向上」に直結するメリットがあります。
実際、引用数アップ、社会問題の早期解決、イノベーション促進といった定量化可能な恩恵が期待できます。
しかし、その一方で懸念もいくつか思い当たります。
● OAの維持コストとインセンティブ
「金銭的コスト無しで永続的な無料公開をどう実現するか」については、現場には多くの悩みがあります。
論文投稿料(APC)の高騰、サーバー・維持管理費、人件費――特に資金力の少ない個人研究者や新興国のアカデミックコミュニティにとっては重荷です。
記事は次のように主張します。
“Authors who are willing and able can pay to make their versions-of-record gold OA. Personally, however, we have never done this because the ROI is better with diamond OA and green OA. These routes cost authors nothing yet work just as well.”
(本当はゴールドOA化すればお金さえ払えば即座にオープン化できる。が、著者の立場からすれば、ダイヤモンドOAやグリーンOAの方が費用ゼロで同じくらい効果的だ。)
この「費用ゼロでも実現可能」なOAの道(個人サイト/リポジトリ公開など)は今後の主流になる可能性を示唆していますが、一大プラットフォーマー(大手出版社など)の既得権益は依然強力です。
● “Bronze access” のあやうさ
本質的に「本物のOA(creatively commons, public domain)」でない“暫定的無料化(bronze access)”は、明日突然有料化されるリスクをはらんでいます。
生成AIが“ここぞ”という重要リファレンスを見逃す事態も今後多発し得ます。
公平性・持続性の観点から、このような「見せかけの無料」を許容し続けてよいかという課題も残ります。
● 質と再利用性の担保
無料論文が増えることは歓迎である一方、質の担保やピアレビューの厳格さ、再利用時のライセンス条件も問われます。
研究の内容をAIが勝手にまとめ直した場合の誤解・誤用リスク(例えば誤った統計解釈や結論の流用)も無視できません。
生成AI時代の「学問・実務・市民社会」を生き抜くヒント
これまで見てきたように、「AIは簡単に手に入る無料資料ばかりを根拠データにする」――この動向を直視するとき、刑事学のみならず、すべての学問領域・政策実務に共通する本質的な問いかけが浮かび上がります。
それは「本当に伝えたい成果を、未来の学術社会やAIにどう届けるか」です。
この記事から引き出せる示唆は以下のようにまとめられるでしょう。
- 自分の成果を活かしてもらいたければ、本質的OA化が最強の選択肢になる
- AIが基盤になる時代、“読めない論文”は「存在しない」に等しい
- 中途半端な“無料公開”や妥協で済ませないこと
- 明確な著作権・ライセンス設定を通じて、恒久的な再利用性を保証する工夫がマスト
- AIの成果もあくまで“たたき台”――人間による批判的吟味・検証こそが知識の品質保証
- 引用リンクや論拠の“実在性”を必ず自分の目で確かめる習慣を
- オープン・イノベーション時代のパートナーは「機械・市民・政策決定者」すべて
- 明瞭な発信・公開戦略で、科学の裾野拡大を具現化する“共創”マインドを持つ
刑事学分野で始まったこの流れが、その他の学問や社会テーマにも広く波及するのは時間の問題です。
「知っている・知ってもらう・活用されてこそ」が研究の本領であるなら、今日からできるアクションとして本質的オープンアクセスへの転換を強く提言します。
結果として、AIによる分析・政策形成の土俵に自分の業績が乗り遅れない――これもまた現代研究者の新しいサバイバル術なのかもしれません。
categories:[science, society]


コメント