この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Proton’s new Mail mobile apps: there’s more than meets the eye
■ 静かな革命?Proton Mailモバイルアプリの大刷新、その裏側とは
Proton Mailといえば、プライバシー重視なメールソリューションとして世界中のユーザーに愛されています。
そのモバイルアプリが、2023年秋にiOS/Androidとも劇的な進化を遂げました。
表面上は「デザインの刷新」「オフライン対応」「高速化」などユーザー体験の向上を感じさせますが、今回のアップデートには単なる衣替えを超えた“技術的な大革命”が密かに進められていたのです。
この革命を実現した「Engineering Transformation」の背景、苦悩、そしてどのように困難を乗り越えたのかを、この記事では掘り下げていきます。
■ 「なぜ刷新が必要だったのか?」– プロダクトの本質的課題に直面して
Protonチームは自らの状況を冷静に分析し、技術的にも組織的にも「同じやり方を続ける限り改善しない」と確信するようになります。
記事中では、次のように当時の問題点をまとめています。
“Mail iOS and Mail Android, taken in isolation, fell short of expectations in terms of quality and performance. Feature gap between iOS and Android: Some features were only available on one platform, with no clarity on when the other would catch up. Engineering velocity: Key updates and long-awaited features were not delivered in a timely manner across both platforms.”
— Proton’s new Mail mobile apps: there’s more than meets the eye
つまり、
– iOS/Android各アプリの品質・パフォーマンスが期待に届かず
– 機能差異が生まれユーザーが混乱し
– 重要なアップデートはタイムリーに届けられない
という三重苦に陥っていたとのことです。
このような状況は、とくに「機能的で複雑」「セキュリティ要件が高い」アプリほど深刻になりやすく、Protonの規模・志向性から見ても避けて通れない課題と言えます。
■ マルチプラットフォーム開発の現実 – なぜ“1から作り直す”必要があったのか
Protonの抱える問題は、モバイル開発全体に共通します。
異なるOS・端末が乱立し、iOS/Android固有の開発環境・言語・UI設計に対応することは、開発効率の大きな足かせです。
その実態について、記事では次のように触れています。
“Mobile teams typically need to support multiple platforms across a variety of operating systems and devices…which leads to large amounts of duplicated effort: multiple teams, duplicated codebases, and constant trade-offs between platform-specific and product-related work.”
— Proton’s new Mail mobile apps: there’s more than meets the eye
一般的な方法でこの課題に挑む企業は
– ● 巨額の投資で巨大なチーム・複数のコードベースを維持
– ● それが困難な場合は“再設計”による開発・保守コストの抜本的削減
のどちらかしかない、とも記されています。
Protonは広告収入やVC資本と無縁なモデルのため、必然的に後者、すなわち「抜本的な再設計」を選択せざるを得なかったわけです。
■ 「万能なクロスプラットフォームは幻想」– 本当に選ばれた技術とは?
昨今、React NativeやFlutter、Kotlin Multiplatformなどクロスプラットフォーム開発の選択肢は増えています。
しかし、「完璧な抽象化など存在しない」とProtonは冷静に分析し、実際に技術検証した結果、こう結論付けています。
“The only architecture that consistently gets close to the desired outcome is a deliberately mixed stack. Native UI on each platform – Jetpack Compose on Android, SwiftUI on iOS – backed by a shared business-logic layer written in a high-performance, low-level language.”
— Proton’s new Mail mobile apps: there’s more than meets the eye
ここで特筆すべきなのは
– ネイティブUIは各OSごとに構築(Android=Jetpack Compose/iOS=SwiftUI)
– その内部ロジック部分だけを“共通言語”で記述
という「妥協のない組み合わせ」を追求したことです。
しかも、その共通言語として選ばれたのが「Rust」でした。
この選択はプロとして非常に興味深いものがあります。
従来はC++のような低レベル言語で共通化する例もありましたが、運用・学習コストや安全性の課題から敬遠されがちでした。
しかしRustならば
– C++級の高いパフォーマンス
– コードのメモリ安全性(ガベージコレクションなし/コンパイル時に並行処理の安全性も保証)
– 活発なOSSコミュニティ
など、“現実的な選択肢”として十分な説得力を持っています。
■ その成果と課題 – 80%共通化がもたらす未来・リスクとは?
果たしてこの大胆なアーキテクチャ刷新は、何をもたらしたのでしょうか?
引用によれば、
“Almost 80% of the codebase is now shared across iOS and Android.”
“The iOS crash rate is 0.05% (down from 0.12%), while Android’s is 0.19% (down from 0.38%). This is a strong endorsement of Rust’s runtime stability.”
— Proton’s new Mail mobile apps: there’s more than meets the eye
と、「8割ものコードユニット共通化」「安定性の大幅向上」といった具体的な成果が現れています。
この“劇的な共通化”により…
- 両OSで同時に新機能を展開
- 不具合原因も一本化しやすく、サポート効率大幅UP
- 開発速度・保守性・バグ率の面で客観的にメリットを得た
という、理想的なエンジニアリング体験へと近付いているようです。
一方で、このようなアプローチにはリスクも伴います。
共通ロジックにバグがあれば、両OSの全ユーザーに深刻な影響を及ぼす可能性は否めません。
また、UI層の完全な分離・知識のサイロ化といった“副作用”への対策——
「E2Eテスト重視」「全方位型エンジニア育成」「チーム構成の見直し」など、組織的工夫が必須になる——という指摘も的確です。
■ 批評 – 土台から設計を見直した技術戦略の「ヒューマンスケール」
このProtonの戦略には、「大企業“だけ”の話じゃない」多くの示唆が詰まっています。
◯ 必要なのは勇気ある仕切り直し
現状のコードベースやチーム文化にしがみつくことなく、手遅れになる前に大胆に刷新する。
「これまでの投資が…」「既存ユーザーが…」と足踏みしてしまいがちですが、テクノロジーの進歩と市場環境の変化、組織規模の成長による複雑化を前に、昔のやり方を継続するコストは増大するばかりです。
◯ 技術選定は“流行”よりも“要件ドリブン”
新技術への過度な期待、または逆に“未熟”という烙印だけで新しいツールを拒絶する姿勢は、どちらも非科学的です。
Protonのようにプロトタイプで実証し、実態(パフォーマンス・保守性・将来性)を綿密に比較検証する“現実主義”は、あらゆる開発現場で見習うべき姿勢でしょう。
◯ 組織設計・運用面との両輪
単なる技術的刷新ではなく、人材育成やチームのアライメント、サポート体制への配慮も組み込まれている点は極めて実践的です。
失敗するプロジェクトの多くは「完璧な技術」だけを追い求め“組織の変化”にまで目を向けられていません。
■ 「行き詰まりからの脱出」は誰にとっても他人事ではない
この記事が示唆するのは、大企業からスタートアップ、個人開発者まで「今のままではダメだ」と直感したときこそが最大のチャンスである——という普遍的教訓です。
ProtonはVCや広告収入に頼らず、エンジニア組織と技術アーキテクチャを“人間の無理のないスケール感”に合わせて進化させました。
そして、その成果は新たなアプリ(カレンダー、ペイメントSDKなど)へと波及しています。
私たちが今、何らかのソフトウェア開発や組織運営に迷いを感じているなら……
「現状にしがみつく」のではなく、「要件から逆算し、最適な選択肢を徹底的に見直す」ことこそ、将来の成功—もしくは破滅を分ける大きな分岐点になるでしょう。
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