この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The most damaging taboo about sexual violence
衝撃の実態:「加害者視点の侵入的ファンタジー」とは?
性的暴力を経験した被害者に起こりうる“ある現象”が、実は長く公の場でタブーとされてきました。
それが、加害者の視点をもつような「侵入的ファンタジー(intrusive fantasies)」です。
これは、被害者自身が意識しないままに、加害者の感情や権力感、欲望――ときに性的なイメージ――を自らの体験の断片として内面化してしまう状態を指します。
原文では、その現象について次のように説明しています。
After sexual violence, survivors may experience intrusive fantasies from a perpetrator’s perspective. Outside clinical settings, this is rarely discussed. In trauma psychology, however, it is a known phenomenon: the internalization of the perpetrator’s stance, often described as “identification with the aggressor” or “perpetrator introjects”. These experiences are not evidence of hidden desires. They are trauma symptoms — distortions produced by extreme boundary violation, fear, and coercion.
この引用部分で筆者は、加害者視点の侵入的イメージは「被害者の潜在的欲望」ではなく、あくまで心理的外傷の症状(trauma symptoms)であると明言しています。
しかし、この現象については臨床心理の場以外ではほとんど語られず、被害者自身も「語ってはいけない」「自分だけおかしい」と感じやすいのです。
なぜ被害者の心に“加害者の視点”が入りこむのか?
一見矛盾して映るこの症状の根本には、トラウマがもつ独特な働きがあります。
記事では、記憶や意味づけのメカニズムが極限まで破壊されることで、被害者の心が生き延びるサバイバル戦略として加害者の視点や感情を部分的に取り込む現象「加害者との同一化(identification with the aggressor)」や「加害者内在化(perpetrator introjects)」が説明されています。
具体的には、自己防衛や恐怖のあまり、加害者の立場やパワー、意図、罪の意識を無意識に自分のなかに取り込むことで、「自分自身が悪いのでは」「自分にもそういう欲望があったのでは」といった強い自己否定や混乱が生まれます。
また、とくに「自分が子を持ち、その子が自分と同じ年ごろになったタイミングで過去の抑圧された記憶やファンタジーが歪んだ形で表面化する」など、極めて具体的かつ時期的な再体験も起こりうる、と指摘されています。
これは従来の「PTSD=フラッシュバック」だけでは説明しきれない、より複雑なトラウマ記憶と自己との関係性を示唆しています。
「語れない」ことの危険――孤立と苦しみを深める沈黙の連鎖
なぜ、この現象が周囲や本人にとってこれほど危険なタブーとなっているのでしょうか。
記事は、その深い理由についても痛烈に言及しています。
Because these thoughts feel taboo, many survivors do not speak about them. This silence is costly. It reinforces self-blame, increases isolation, and can escalate anxiety or compulsive avoidance. In rare cases, untreated distress can impair parenting confidence and increase fear of harming one’s children—despite there being no intent to do so.
要するに、被害者はこの「加害者視点のファンタジー」を語ることに強い罪悪感や恥を感じるため、沈黙します。
しかしその沈黙こそが、「自分はやっぱりおかしい・悪い」といった自己責任感覚や孤立感を助長し、不安障害や回避行動、さらには自分の子どもへの育児不安にまで発展しかねないのです。
さらに、臨床家(カウンセラーや医師)側にトラウマ専門の知識がない場合、「本当にそういう願望があるのでは」と誤解されたり、そもそも触れられることすらないまま終わってしまうケースも多く、被害者の苦しみは「わかってもらえない二重の被害」を生みます。
治療と正しい知識が鍵!声を上げることで“嘘”は終わらせられる
希望がないわけではありません。
記事は、トラウマ専門の心理療法・認知行動療法・EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)など、正しい方法で取り組めばこの「加害者視点のファンタジー」はしっかり消える、と言及します。
治療上の要点は主に4つ:
- その侵入的思考が「トラウマ由来」であることを特定する。
- その内容(加害者視点のファンタジーなど)を本人の“意図”“本来の欲望”や“自分らしさ”から切り離して扱う。
- 根本にあるトラウマ記憶を言語化し、整理し、癒す。
- 内面化した「加害者の要素」を外在化し、“自分の本質ではない”と再認識する。
この治療は「意図」のケアではなく、「症状」として正しく向き合うことに主眼があります。
これによって「自分は加害者になってしまうのでは?」といった極端な不安や罪悪感からも解放されやすくなります。
さらに、記事は社会全体の啓発とオープンな議論の大切さを次のように強調しています。
Clear public information reduces shame and prevents re-victimization—internal and external. Survivors need to know that intrusive perpetrator-perspective fantasies are symptoms, not confessions. Naming this openly helps dismantle the enduring lie often implanted by abuse: “You wanted it.”
つまり、社会が正しい情報を発信し被害者が「自分だけじゃない」「症状として理解されている」と実感できること。
そして“加害者に植え付けられた嘘「お前も同じだ」「お前が悪い」「お前が望んだんだ」”を、事実として否定することが、二次被害の連鎖を断つ鍵となるのです。
私なりの考察:日本社会の「語らざる症状」へのまなざし
性的被害のトラウマ症状について、日本では依然として「フラッシュバック」や「自己否定」レベルの議論で止まっているケースが多いと感じます。
加害者視点のファンタジーや性的イメージを、被害者でありながら経験すると伝えること自体、激しい自己嫌悪や「誤解される恐れ」からまず不可能に近い。
そのため、実際には“同じような思い”を抱えている人でも、「誰にも知られたくない」「自分だけが異常だ」と思い詰めるリスクがかなり高いのです。
日本国内における対応の現状を考えてみても、スクールカウンセラーや精神科医、一般心理士も、この「内面化した加害者性」についてきちんと学んでいるとは限らず、うかつな対応で被害者をさらに追い込むことになりかねません。
たとえば「そういう想像が浮かぶ自分はおかしいんでしょうか?」という問いに対して、「本当はそうしたいと思っていたのではないか」などと決めつけてしまう医療専門家がいたとしたら、被害者側が再び絶望し、重要な治療のチャンスが失われてしまいます。
一方、欧米の一部専門家やトラウマ専門領域ではこの「加害者内在化」現象は臨床常識になってきており、被害者が自分の“罪悪感”や“怖れ”から自由になるための支援ノウハウが確立しつつあります。
大きな価値があるのは、誰かが勇気を持って――臨床家自身がであっても――この問題を社会化し、「あなたの感じることは“異常”でも“本性”でもない」「トラウマのせいだから治せる」という認識を広げていくことです。
あなたや大切な人を守るために――“恥”をほどく知識とケアの重要性
今回の記事を受けて私がもっとも強調したいのは「知らなかったことが、新たな苦しみを生んでいる現実」です。
被害体験からくる“言えない思考”を、本人の人格や”隠された願望”と読み違える社会も、専門職も、どこかで加害者の“植え付けた嘘”に加担しているということになりかねません。
必要なのは、「その思考は“あなたに問題がある”のではなく、“こころが必死で守ろうとして生まれた現象”だ」と正当に理解し、治療や支援を周囲が正面から受けとめることです。
読者の皆さんの周囲にも、性的暴力のトラウマで苦しむ方がいるかもしれません。
表には出てこなくとも、こうした症状で追い詰められている人が現実には相当数いること、そして必ず「道はある」と伝えてあげてほしい。
この記事が、“語れない苦しみ”に耳を澄ませる社会的感性を少しでも広げるきっかけとなれば幸いです。
categories:[society]

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