マンチェスターの「階級分断」は誇張だった?──19世紀イギリス社会の真実に迫る最新研究

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この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Friedrich Engels ‘took creative liberties’ with descriptions of class divides


「階級都市」マンチェスターの神話に揺らぎ!? 驚きの新事実

19世紀イギリスといえば、「産業革命」「労働者の悲惨な境遇」そして「深刻な階級分断」といった、強烈なイメージが今も根強いものです。
そのイメージの一端を形作ったのが、フリードリヒ・エンゲルスの名著『イギリスにおける労働者階級の状態』でした。

本記事は、ケンブリッジ大学の歴史家Emily Chung氏による研究発表を中心に、エンゲルスの描いた「完全に分断されたマンチェスター」に再検討のメスを入れた、非常に興味深い内容となっています。
都市の歴史や社会階級に関心がある人はもちろん、「歴史書のイメージはどこまでリアルなのか?」を考えるうえでも大きな意味を持つ話題です。


主張の骨子:「エンゲルスの描写は“脚色”されていた」

記事では、次のようなエンゲルスの記述が紹介されています。

“He wrote about swathes of ‘unmixed working-people’s quarters’ stretching ‘like a girdle’. Beyond them were the middle bourgeoisie in their townhouses and beyond that ‘in remoter villas with gardens in Chorlton and Ardwick’ were the upper bourgeoise, also living it up on the ‘breezy heights of Cheetham Hill, Broughton, and Pendleton, in free, wholesome country air’.”

エンゲルスによれば、労働者は「混じりけなしの居住区」にひしめき、その周囲には中産階級、さらに外縁部には上流階級が「爽やかな空気」の中で暮らす、階級ごとに街がきっぱり分断された情景が描き出されていました。

しかし、Emily Chung氏は最新のデータ分析から、「エンゲルスは実態より誇張・創造的脚色をしていた」という新たな見解を提示します。

“Chung’s research shows that many middle-class Mancunians did in fact live in the same buildings and streets as those in the working class. It finds that more than 60% of buildings housing the wealthiest classes also housed unskilled labourers. In Manchester’s ‘slums’, more than 10% of the population was from the better-off, employed classes.”

ここでは、「裕福層の住む建物の6割超が非熟練労働者も含んでおり、スラムと呼ばれた地域でも1割以上が比較的豊かな階層だった」という、従来イメージを覆すデータが紹介されています。


「階級分断」の実像──データで読み解く19世紀都市生活

では、なぜここまでエンゲルスの描写とかけ離れた実態が明らかになったのでしょうか。

■ Emily Chung氏の研究手法
Chung氏は1851年マンチェスター国勢調査(デジタル化済み)を使い、各階級の人々が実際にどこで暮らしていたのかを綿密にマッピングしました。
ここで判明したのは、「同じ通り、時に同じ建物内で、階層の異なる複数の家族が肩を並べて暮らしていた」という事実です。

“I found that not only did very diverse populations live in the same neighbourhoods, but they actually even lived in the same buildings. Different families were inhabiting the same buildings at the same addresses, even if they were very different classes.”

(同じ住所、つまり同じ建物に、異なる社会階級の家族が混在して住んでいたと指摘。)

また、“悪名高い”スラム街Ancoatsでも、住民の1割は中産階級だったこと。Doctors(医者)、engineers(技師や設計士)、shop owners(商店主)などが、一見貧困層だけの地区にも普通に存在したとしています。

■ なぜこんな誤認が?
エンゲルスは当時わずか22歳。
父の綿工場の手伝いでマンチェスターに送り込まれ、労働者階級の恋人Mary Burnsに案内されてスラムを見聞します。
その生々しい体験が「感情の強い筆致」となり、都市の空間的分断をやや単純化して描いた可能性が高そうです。

また、「居住空間と社会空間は必ずしも一致しない(昼間と夜間の顔が違う)」という指摘もChung氏は強調しています。

“While Victorian London and Liverpool bustled with daytime activity, Manchester‘s public spaces were almost deserted. Its streets were rarely occupied by weavers and doctors at the same time.”

つまり、居住地は混在していても、労働時間・消費(買い物)・教会・パブなど、日常行動による“生活動線”は階級ごとに異なり、実質の接触は少なかった──と言えるでしょう。


歴史のイメージを疑う意味──何が「真実」なのか?

この発見から我々が考えたいのは、「歴史の“物語”はどのようにして作られるのか?」という根本的問いです。

エンゲルスは間違っていたのでしょうか?
Emily Chung氏自身は、「完全な誤りと言う気はない」としながらも、こう述べています。

“I think what my research shows is that Engels exaggerated and took creative liberties.”

社会主義思想の形成に重大な影響を及ぼしたエンゲルスの著作は、あくまで「観察+思想的主張」に基づいた“歴史的なナラティブ(物語)”だった。
当時の衝撃や問題意識を伝えるためには、ある程度の誇張や単純化・象徴化が必要だったとも言えます。

一方で、Chung氏が丁寧な史料調査を経て明らかにしたのは、「現実はもっと混沌としており、階級の交じり合いと分断が複雑に重なり合っていた」事実。
これは現代でも通用する、“都市”という現象の本質につながります。

例えば、東京の下町でも「タワーマンション」と「アパート」が1つの通りに並び、集合住宅の中ですら子育て世帯と老人、所得格差のある家族が混在します。
しかし、生活パターン・職業・消費行動が交差しなければ、お互いの実感としては「隔たり」を強く感じることもあるでしょう。
この物理空間と社会・心理的空間のズレは、現代の都市社会でもなお根深いテーマとなっています。


歴史を“掘り下げる”ことの意義──現代への示唆

最後に、なぜこの研究が今重要なのでしょうか。

エンゲルスのマンチェスター体験がもたらした思想的なインパクトを、歴史家Jonathan Schofield氏は次のように象徴します。

“Without Manchester there would have been no Soviet Union,”

「マンチェスター観察」がなければソ連もなかった──つまり、特定の“物語”がいかに世界の行方を変えるか、という意味です。

Chung氏もまた「地方都市のリアルな歴史」を掘り下げることの重要性を次のように強調しています。

“I think it proves that local history still matters and uncovering local stories actually allows you to really dig in deep and find things that you wouldn’t if you’re only looking at big national pictures.”

全国規模の物語やイメージだけでは見えてこない「現場のリアル」。
それを炙り出すことが、現代都市研究や、今も議論される「都市の階級分断」──住み分け・格差問題の本質を考えるヒントになるはずです。


まとめ──「都市の階級」は単純ではない

今回の研究から私たちが得るべき最大の教訓は、「歴史は単純化されやすいが、現実はより複雑だ」ということです。

イメージや物語、その“脚色”は、ときに時代を動かす原動力にもなります。
しかし、史実・データを丁寧に検証し直すこともまた、「いま私たちが直面する格差や都市問題」を考えるうえで欠かせません。

都市の階級分断をめぐる議論は、19世紀マンチェスターだけでなく、21世紀の東京・ニューヨーク・ロンドンにも通じます。
表層的な区分やイメージにとらわれず、「本当はどんなリアルがあるのか」常に問い直していく姿勢を、私たちは持ち続けたいものです。


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