この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
$5 whale listening hydrophone making workshop
偶然と革命――「海の音」を聴き取る技術が生んだ新しい世界
水中の世界には、私たちが普段体験することのない豊かな「音の宇宙」が広がっています。
本記事は、その見えざる音世界にアクセスするため、DIY水中マイク(ハイドロフォン)をたった5ドルで手作りし、実際に運用するプロジェクトの現場――「Dinacon 2025」での実践と試みを詳細に紹介しています。
背景には、「海中生物の音=行動・社会性を知るための手がかり」とする新しい生命科学のムーブメント「パッシブ・アコースティック・モニタリング(受動的音響観測)」があります。
ここで注目すべきは、数十万円もかかる専用機器ではなく、誰でも簡単に自作できる手法を普及させている点です。
意外な起点――「鯨の歌」は冷戦時代の偶然から発見された
記事はまず、クジラの歌(ホエールソング)発見のエピソードから始まります。
それは、冷戦期の潜水艦追跡を行っていた際、「正体不明の水中音」が無線解析者の耳に届いたことが出発点でした。
Whale songs were first noticed by accident, when analysts tracking Russian submarines at the height of the cold war heard cetacean interference instead. An engineer sent some recordings to Roger Payne, a biologist friend of his, who did something that proved pivotal: he played the hours-long recordings on his hi-fi at home, while he went about his day.
この発見が科学界・芸術界・環境運動に「音で海を理解する」という文化の転換をもたらしたのは、あまりに有名です。
1970年発表の「Songs of the Humpback Whale」アルバムは、人類にクジラの歌の美しさと複雑さを印象づけ、世界的な保護運動の原動力にもなりました。
「パッシブ・アコースティック・モニタリング(PAM)」の本質と現代的課題
現在、音響解析は生態学・環境科学におけるホットトピックです。
センサー技術や機械学習を用い、膨大な水中録音データから種の分布・個体群の動態・生態系の変化が把握できるようになっています。
A trendy topic in biology now is “passive acoustic monitoring,” the science of understanding ecosystems through their soundscapes. Modern machine learning is often used to analyze these long recordings and identify species, complexity and community health. But are we missing the listening?
ここで筆者が投げかけるのは、「デジタル解析に依存しすぎて、『聴く』本来の体験そのものを失っていないか?」という根本的な問いです。
つまり、「音を理解する」というプロセスを機械任せにせず、人間自身の感覚でも受け止める――これが本プロジェクトの核心だと感じます。
5ドルDIYハイドロフォン・ワークショップ――技術を民主化する挑戦
かつて水中の生き物の音を記録するには、高価なハイドロフォンと録音機材が必須でした。
この記事では、バリ島レスで行われたワークショップで、7人の参加者が1台あたり約5ドルの部品でハイドロフォンを手作りする様子が丁寧に解説されています。
At Dinacon 2025, I ran a hydrophone construction workshop where 7 participants were able to build a piezo-based hydrophone from a handful of electronic components. … The full method is documented below.
実際の組み立てプロセスは、
– ピエゾ素子(電気を掛けると振動 or 振動を電気信号に変える素材)
– 簡単なプリアンプ回路(トランジスタ1、抵抗2)
– シリコンコーキング材とプラスティディップというコーティング材
– オーディオケーブルその他ごく安価な材料
で構成されています。
「コンピューターのマイク端子でそのまま動く」という設計が絶妙です。
さらに、3Dプリンターによる専用ケースや、電磁ノイズ対策として銅テープを巻くなど、現場での実践的工夫も満載です。
Hydrophones can be assembled by a group in a two hour workshop. … A simple pre-amp/buffer circuit works off of the ~3.3V “plug-in power” that most computer microphones provide.
この種の「デバイスをともに作る体験」は、市民科学・教育普及・コミュニティビルディングなど多方面で計り知れない価値があります。
海の音空間を「立体的に聴く」― 自作ステレオハイドロフォンの実験
本記事の中でも、個人的に最も刺激を受けたのは「ステレオハイドロフォン」の実践です。
Most microphone inputs can capture two channels, and the hydrophones as built in the workshop can be combined to produce a stereophonic hydrophone.
人間の耳は空気中で約20cm離れていますが、水中で音速は約4.4倍も速く伝わります。
したがって、同じ「立体感・方向感」を得るためには、ハイドロフォンの間隔も数十cm必要になる、という鮮やかな指摘があります。
Sound travels at about 1500 m/s in water … This the acoustic Big Head ratio—the necessary change in separation distance of two ears in order to maintain an equivalent stereo field.
この理論を応用し、カヤック上に2つのハイドロフォンを「片耳ずつ」ぶら下げ、水中の立体音響フィールドを臨場感たっぷりに収録している点は「DIY×科学×現場知」を体現した好例だと感じます。
「海中ラジオ」Seastream――リアルタイム配信の面白さと壁
次なるステージが、水中音をリアルタイムで世界に届ける「Seastream」のインターネットラジオ化プロジェクトです。
アイデアはシンプル。ハイドロフォン→Raspberry Pi(小型PC)→Wi-Fi経由→ストリーミング配信、という流れです。
… plug some peripherals into a Raspberry Pi and two days of debugging Icecast later, and Seastream was ready. … I swam back to Dinacon HQ, pinged the stream server, and was delighted to see that somehow, it had picked up the notorious Segara Lestari WiFi and was streaming live. I plugged my computer into the giant HQ speaker just as a group assembled for an indigo workshop. Simultaneously, everyone realized the audio they were hearing was coming live from underwater.
実際の現場ではWi-Fi感度の不安定さ、電磁ノイズ、現地コミュニティとのトラブルなど課題も多かったと記述されています。
しかし、短時間ながらも実際に「今、ここで鳴っている海のリアルな音」に皆が耳を傾けた体験は唯一無二です。
この瞬間こそ、PAM研究において「分析対象(データ)」と「体験価値(人間の感覚)」の接続点になると考察できます。
何時間でも聴き続けるために――新しい「長尺録音」体験ツールの開発
数日間もの水中音響データが手に入ったとしても、「どうやって何十時間も聴き、記録し、共有し、パターン認識するか?」という根本的な課題が浮かび上がります。
The recordings were clear and intriguing. Anywhere I jumped in the audio, unrecognized alien sounds jumped out. But how do you listen to an 80 hour recording? … I decided to build a user interface and tool for listening, annotating, and sharing observations in a large bioacoustic sample.
そこで筆者は「Dinacon Hydrophone Explorer(https://subject.space/projects-static/dinacon-explorer/)」なるWebアプリを即席で開発し、録音データの可視化・タグ付け・他者と感想を共有できるプラットフォームを公開しています。
Anyone can link to a specific point in the recording, and log on to leave a timed comment about something they heard.
この発想は、膨大な音声データを「作品」「研究資源」「コミュニティの共有財」として活用するための新しい道を切り開くものです。
批評と展望――DIY水中音響は「海を聴く」民主化の出発点か?
本記事が優れている点は、単なるDIYガジェット自慢や「面白科学」の範囲を超え、機材作成~録音~配信~体験の共有まで、エンド・トゥ・エンドで技術の「社会的な意義」と「現場実践的な課題」を幅広く扱っている点にあります。
特に、
– 安価かつ市民が手にできるオープンハードウェア
– 実際の生態系観察・フィールドサイエンスへの応用
– コミュニティ・教育・芸術・研究が交差する土壌づくり
という視点は、日本国内のサイエンスコミュニケーションや教育の現場でも極めて参考になるものです。
一方で、現地コミュニティや漁具所有者との意識摩擦、デジタル配信のインフラ不備など、現場ならではの「摩擦」も明瞭に現れており、机上の空論に終わっていません。
特に生態観測分野は、今世界中で「市民科学」「市民参加型観測」が拡大しています。
たとえば野鳥の声をAIで識別するプロジェクト(Cornell Lab of OrnithologyのMerlinなど)や、川の水質センサー、都市騒音マップのクラウドソーシングなどが挙げられます。
今回の水中DIY音響は、陸上の類似事例よりも導入障壁が高い分、「技術の民主化」という価値をより強く体現していると言えます。
また、「音」という切り口はビジュアル中心の生態観測(カメラトラップ等)にはないサプライズが豊富です。
例えば夜行性の魚、エビなどの活動音、人間の生活が及ぼすノイズ、公害の影響など、目には映らない生態系の側面が可聴化されます。
読者への示唆――「聴く」ことで、私たちは世界とどう繋がるか
この記事は、技術革新による「体験の民主化」だけでなく、「自然との対話の方法論」も広げています。
デジタル解析が進化する一方で、「録音データを人間が耳で、身体で『聴く』」という本質的な体験を問い直しているのです。
これは単に研究・教育の分野に限らず、市民社会、さらにはアート・メディアの世界にも応用可能です。
最後に。
もしあなたが身近な川、池、海に「耳を傾ける」つもりでDIYハイドロフォンを作ったなら。
見慣れた水辺が「音」を通してもう一度、未知のフロンティアに変わるかもしれません。
海中の音は、自然の豊かさと、私たち人間との距離を測る新しい「定規」なのです。
categories:[science]

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