この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
NIST is rethinking its role in analyzing software vulnerabilities
急増する脆弱性、NISTのNVDが直面する「限界」とは?
アメリカの国立標準技術研究所(NIST)は、サイバーセキュリティ分野で世界的な指針を示す重要機関の一つです。
そのNISTが自ら運用してきた「National Vulnerability Database(NVD)」、すなわちソフトウェア脆弱性データベースが、いま大きな転換点を迎えています。
背景には、日々爆発的に増加する脆弱性レポートの数と、政府の支援体制への不安、そして各国・民間主体による新たなデータベース構築の動きがあります。
サイバー攻撃対策の要ともいえる「脆弱性情報」の公開・分析は誰がどう担うべきか――NISTの戦略的見直しはその根本を問い直す重大な契機となりそうです。
「我々は負け戦をしている」NISTの率直な現状認識
まず重要なのは、NIST自身が直面している課題を率直に認めている点です。
“We’re fighting a losing battle. We recognize that.”
「我々は負け戦をしている。それを自覚している」とNISTのJon Boyens氏は発言しています。
この記事では、NISTが「これまでのやり方では爆発的増加する脆弱性(CVE)情報を分析しきれない」という限界に直面していることを伝えています。
実際、CVEに関する「enrichment(詳細情報の付加)」作業が非常に“労働集約的”であり、
“not scalable to the amount of CVEs that we’re getting in there”
と、現実的な運用規模を超えていることが明言されています。
さらに、単なる「作業渋滞(backlog)」という次元を超え、NISTは今後この仕組みについて“抜本的な見直し”を迫られている実情が示唆されます。
何が起きている?NIST改革の背景と意義を徹底解説
脆弱性爆増時代と従来型分析モデルの破綻
現代のソフトウェア開発は、オープンソースの普及やDevOps文化の定着、サプライチェーンの複雑化などにより、かつてない速度で新たな脆弱性が発見・公開されています。
2020年代に入ってからは年間数万件単位でCVEが報告されるのが常態化しており、その“全件精査”は物理的に不可能になりつつあります。
NVDの役割は従来、「CVE IDが付与された脆弱性一つ一つについて、ソフトウェアの特定方法、深刻度、回避策、技術的解説などを詳細に整理・公開すること」でした。
これが「enrichment」と呼ばれる手続きであり、世界中の企業やエンジニア、研究者が日々参照してきたのです。
しかし今や
“vulnerabilities have been arriving in the database much more quickly than NIST can analyze them and provide detailed information about them”
という状況。
つまり、分析を求められる情報が供給できるキャパシティを完全に上回ってしまったのです。
国家主導モデルからの脱却?民間・国際機関との分担へ
このような現実を踏まえ、NISTは今後「全CVEを均等に扱う」のではなく、
- 政府が利用するソフトウェア
- CISA(アメリカのインフラ庁)が「既知の悪用脆弱性」と認定したもの
- クリティカルな社会基盤を担うシステム
など、“優先度設定”による分析リソースの集中を打ち出しました。
“All CVEs aren’t equal.”
「すべてのCVEが等価ではない」というのは、日本の現場感でもよく語られることですが、その公式認定は大きな転換点です。
またNISTは今後、CVE Numbering Authorities(CNA:各ベンダーや研究機関などCVEを公式に割り当てる権限を持つ団体)による分担強化を目指し、NIST単独で担ってきた「enrichment」業務の外部移管も視野に入れているとしています。
変わる“脆弱性共有”モデル――競争と協調の新時代へ
CISA・欧州GCVE…新たなプレイヤーの台頭
NISTが悩む中、他の活動主体も独自動きを見せています。
CISA(米サイバーセキュリティ庁)は「Vulnrichment」プロジェクトを開始。
また欧州連合は「Global CVE Allocation System(GCVE)」という新たなグローバルDBを立ち上げました。
これに対しNISTのBoyens氏は
“I don’t think it’s a solution to the [NVD] backlog. I think we’ve found that there’s some duplicative efforts there.”
「バックログ解決策とは思えない、むしろ重複した努力になっている」と、やや批判的な見解も示しています。
脆弱性の国際的な情報流通は、標準化・集権体制のもとで効率的に回す必要があります。
“バルカナイズ(分断)”を回避するためにも、今後の連携やガバナンス体制の再設計が不可欠となっているのです。
そもそも「国主導」は限界か?官民連携の本質を問う
長年NISTは「運用(オペレーション)」作業を数十年にわたり担ってきました。
しかしBoyens氏は
“The operational side, we’ve found very costly and outside of our bailiwick.”
「運用は非常にコストがかかり、本来NISTの専門領域ではない」と述べます。
同氏が強調するのは、「NISTの本分は技術研究と標準策定」であり、実務運用の現場はより分散型・共創型モデル、
つまりマルチステークホルダー方式への移行が必然だということです。
日本国内でも昨今「政府と民間、どちらが脆弱性公開を担うべきか」「ガバナンス不在によるセキュリティ情報分断」の議論が活発ですが、このNISTの決断は、きっと世界各国にも大きな波紋を広げることでしょう。
私の考察:NIST戦略見直しが突きつける現実と課題
いよいよ「全件精査」は終焉へ
私はこの動きを、サイバー脆弱性管理の「新時代の幕開け」と読みます。
AI分析による自動トリアージも進歩しましたが、どれほど技術が進んでも“人による確実な証拠確認や理解”が求められる領域は確実に残る。
その一方で、すべてのCVEを等しく深掘りするのは物理的に不能――この事実をNISTのような中心機関が公式認定した意義は極めて大きいと感じます。
世界の分断と国際連携の狭間で
一方、欧州GCVEやCISAなど複数主体の乱立は、実際「同じ脆弱性情報」を複数DBで管理・分析する非効率を招きます。
分断が加速すれば、攻撃者に有利な「盲点」が生まれ、各国の安全保障観点からも危険です。
私は、今こそ「国・企業・研究者・社会全体が共通言語で脆弱性評価を行う仕組み」が求められると考えます。
NISTの主導原則は標準化にあり、今後も“情報の流通・整合性・アクセシビリティ”を守るガバナンスの要としての役割が期待されるでしょう。
まとめ:読者への提言と今後の展望
今回のNISTによるNVD見直しは、単なる組織再編や体制強化にとどまらず、
「誰がどのようにサイバーリスク共有のインフラを担うべきか」
という世界的イシューに直結します。
組織の方針転換をうけて、読者の皆さんが「脆弱性情報をどう活用し、どう信頼性を見極め、どこに依拠すべきか」を主体的に考えることが不可欠な時代になったと言えるでしょう。
今後は
– 脆弱性DBの出典構造や評価方法の多元化
– 官民データ共有における透明性や説明責任
– 個人や小規模組織における情報取得・分析力の底上げ
など、新たな視点で捉える必要が生じます。
また、「すべての脆弱性は等価ではない」現実を直視し、自社や社会のリスク許容度に合わせた脆弱性管理戦略――「優先度付与」や「クリティカル情報抽出」のノウハウ――を身につけていくことがより重要となるでしょう。
NISTによるNVD戦略転換は、世界のサイバーセキュリティ体制にとって一つの転機です。
この機会にぜひ、自組織や運用体制を見直し、新たな時代の動向にアンテナを張ってみてください。
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