この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Next Thing Will Not Be Big
新年に再考せよ!「新しい大発明」が生まれない現代への問い
2020年代も半ばに差し掛かり、テクノロジーの変化はかつてないほど身近になっています。
しかし、次々と「次の大きなもの(The Next Big Thing)」が現れては私たちの生活を一変させる——そんな時代は本当に続くのでしょうか?
この記事は、「大きな変化」への過剰な期待と、その期待が現実と大きくズレはじめている事実に焦点をあてています。
「次はAIだ!」という幻想?記事が提示する鋭い主張
まず根本となる主張を引用します。
The impulse to find the One Big Thing that will dominate the next five years is a fool’s errand. Incremental gains are diminishing across the board. The markets for time and attention are largely saturated.
「今後5年を支配する“一つの大きなもの”を見つけようとする衝動は愚かな行為だ。全体として漸進的な成長も減速しており、時間や注意という市場は既に飽和してしまっている」と、記事は述べています。
要するに、「次こそは!」と夢見て新分野へ殺到する期待こそが、もはや幻想と化しているという冷静な分析です。
なぜ「大きなもの」は消えたのか?——歴史の流れを俯瞰する
1. 技術進化の「寿命を超える加速」の終焉
20世紀は電化、テレビ、コンピューター、インターネットといった巨大な波が、人の一生に何度も訪れた特異な時代でした。
しかし、著者は
The fact is, our lifetimes have been an extreme anomaly. Things like the Internet used to come along every thousand years or so…
と強調します。
これは「私たちの一生に何度も社会全体を変える大発明が来たのは異常だった。インターネット級のものは本来数百年、千年に一度レベル」であるという指摘です。
2. 経済モデルの変質
かつては本業で積み上げた資本(利益や株発行)が基盤でしたが、ITバブル以降は「とりあえず投資しまくって、“当たる”ものを探す(ベンチャーキャピタル式)」に変わりました。
その根底にあるのが「次の巨大企業が必ず生まれるはず」という神話です。
3. テクノロジーの物理的な飽和
トランジスタ密度などは物理限界に近づき、スマホやネットの「圧倒的新規性」も消えました。作られる新サービスも「必ずしも必要性を感じない“どうでもいい機能”の寄せ集め」に見えます。
“小さな変化”をどう捉えるべきか?テック業界の本質的転換点
記事によれば、期待された「次のメガヒット」はことごとく外れています。
It wasn’t 3D printing. It wasn’t crowdfunding. It wasn’t smart watches. It wasn’t VR. It wasn’t the Metaverse, it wasn’t Bitcoin, it wasn’t NFTs.
3Dプリンタ、クラウドファンディング、スマートウォッチ、VR、メタバース、ビットコイン、NFT—すべて「意外と普通だった」。
このラインナップには、多くの人が「え、たしかに…」と頷くのではないでしょうか。
一方で著者は「研究開発自体は進んでいるが、人類全体を一変させるようなインパクトはもはや生じない」と続けます。
医薬や素材などにも革新は起きているが、「大衆の目には“すでに起こった後”」でしかない。
マスを巻き込んだ破壊的イノベーションは、もはや夢物語です。
「中途半端な革新」がイノベーションの罠?——現実的な課題を見抜く
私自身、近年の「AI革命」や「Web3.0」熱狂を見て強く感じていた違和感が、この記事で言語化されて腑に落ちました。
特に、テック業界で働く人々の多くが「次はきっと…」という根拠なき期待を持ち続け、新規プロジェクトに夢を託しているのは、希望というより中毒に近い状態かもしれません。
AIの限界と本質
たとえば生成AI(ChatGPTや画像生成など)にしても、業務効率化など点の裾野は広がっているものの、「人類規模で価値観や社会構造をぶち壊す“一撃”」にはなっていません。「AIの進化速度が異常すぎて…」はある種のハイプ・バブルでもある。
記事にも
If current AI technology were sufficient to drive some interesting product, it would already be doing it, not using marketing disguised as science to conceal diminishing returns on current investments.
「現状のAIが本当に画期的なら、すでに面白いものが出てきているはずだ。だが、現実は科学っぽい言葉でマーケティングされるだけで、投資の成果の割にはリターンが縮小している」と指摘されています。
技術が解決するのは本当に「技術的な問題」か?
例えば「家庭用の全自動ロボット(洗濯から皿洗いまで)」が登場しないのは、技術の壁ではなく、「買える人が少なすぎる(所得分配の問題)」だから、と論じます。
実際、経済格差が今ほど広がる現代では、「新しい夢の製品」が全員を豊かにする仕組みがどんどん弱まっています。技術の限界ではなく、社会構造の限界こそが真のボトルネックなのです。
では、開発者・個人には何ができるか?——”小さく作る”ことの意義
終盤で記事は、「ソフトウェア開発者、特にオープンソース界隈」に向け、より現実的な指針を呼びかけています。
if you are employed in any capacity as an open source maintainer, dedicate more energy to medium- or small-scale open source projects.
「もしOSSの開発者なら、“巨大スケール”のインフラ開発(大企業志向)ではなく、もっと中規模・小規模なプロジェクトに力を入れるべき」と訴えています。
そして、自分のソフトが「10万台スケール」ではなく「10台しか動かないとしても快適に使える」ような工夫、遊びやすく、学習コストも下げ、小さな端末で回り、個人にも恩恵が届く設計を心がけよう、とも提案します。
例えば、「WindowsやMac、iOS、Androidといったエッジ端末への対応」を無視しない、「LLM(大規模言語モデル)」なしでも成立する設計にする、なども挙げられています。
このアプローチは「巨大な世界的成功」を目指さないかわりに、「自分とごく身近な誰か」に確実に役立つ技術が生まれやすい土壌を作るという意味で、とても現実的です。
OSS(オープンソースソフトウェア)文化の原点でもある「誰でも使える」「社会に価値を還元する」精神の復権、とも言えるでしょう。
まとめ:「”次の大きなもの”が来ない時代」に考えるべきこと
最後に、この記事から得られる最大の示唆を整理します。
- 20世紀後半〜21世紀初頭の“爆速イノベーション時代”は、そもそも歴史的にも人類史的にも異常値だった。
- 物理・経済・社会構造上、“人類全体を変える大ヒット”はもう期待しにくい。
- 新しいテクノロジーの多くは「小刻みな進歩」「超ニッチな最適化」「個々人のささやかな使いやすさ」の範囲に収まっていく。
- それでも開発者は、「巨大さ」を目指して構造を複雑化させるのではなく、“小さく、シンプルで、身近な人が本当に使えるもの”を意識することが肝要。
私の考えとしても、これからは「夢を見てアーリーステージで大儲け」型の理想を手放し、もっと“地に足のついた小さな革新”の積み重ねを大事にせざるを得ない時代だと痛感します。
経済格差の問題や成熟した市場の飽和を単純な「次の技術シフト」で乗り越えるには限界があります。
最大公約数的な「爆発的人気」ではなく、「あなた」や「あなたのまわりの数人」を助けるテクノロジー開発こそ、真に持続的で意味があるのかもしれません。
大きな期待を捨てることは決して失望ではありません。
むしろ、身近な課題を着実に解決していくプロセスに、今こそ価値の原点が戻ってきている——
この記事が語るのは、そんな「成熟社会の幸福論」にも思えます。
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