この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Israel used widely banned cluster munitions in Lebanon
世界を揺るがす新証拠――レバノンに残るクラスター爆弾の爪痕
2025年11月、世界中の目を引くニュースがガーディアン紙から発表されました。
それは、イスラエルがレバノン南部で国際的に禁止されているクラスター弾を用いた証拠が最新の写真判定により示された、という報道です。
同報道では、武器の残骸写真を元に6人もの兵器専門家が分析し、イスラエル製の新旧2種類のクラスター爆弾――「155mm M999 バラク・エイタン」および「227mm ラアム・エイタン誘導ミサイル」――が確認されたとされます。
この発見は、2006年のレバノン戦争以降、約20年ぶりにイスラエルによるクラスター爆弾使用の動かぬ証拠となりうる重大な出来事です。
しかも両型式とも近年開発された新型であり、その使用はこれまで表沙汰になったことがありませんでした。
記事が伝える核心:「誰をも区別しない爆弾」が再び大地を覆う
記事の主な主張は明確です。
イスラエル軍はここ2年弱のレバノン紛争で、広域に拡散し多数の子爆弾をばら撒くクラスター爆弾を運用したと強く示唆されています。
現地で見つかった兵器の残骸は、次のようなものです。
“Images… appear to show the remnants of two different types of Israeli cluster munitions found in three different locations: south of the Litani River in the forested valleys of Wadi Zibqin, Wadi Barghouz and Wadi Deir Siryan.”
また、その危険性について
“Cluster munitions are container bombs which release many smaller submunitions, small ‘bomblets’, over a wide area the size of several football fields. The use of cluster munitions is widely banned as up to 40% of submunitions do not explode upon impact, posing a danger to civilians who might later stumble upon them and be killed when they explode.”
と述べられており、破片となって拡散した未爆発の子爆弾が長期間にわたり民間人を死傷させてきた事実を改めて強調しています。
さらに、イスラエルはクラスター爆弾禁止条約(124カ国が加盟)には参加していないため、法的な「拘束」は受けていません。
しかし、記事は次のような指摘もしています。
“We believe the use of cluster munitions is always in conflict with a military’s duty to respect international humanitarian law because of their indiscriminate nature at time of use and afterwards…”
つまり、法的議論云々以前に「人道上許されない兵器」であるという認識が国際的に広まっているのです。
なぜクラスター爆弾は「悪魔の兵器」と呼ばれるのか? その歴史と技術的背景
クラスター爆弾とは一体どんな兵器なのでしょうか。
その本質は“無差別性”にあります。
母弾が空中で開き、数十から数百の小型爆弾(ボムレット)を広範囲に撒き散らします。
標的が軍人であるか民間人であるかを問わず、爆発時の状況や残存の子爆弾は「選びません」。
現実には多くの子爆弾が「不発」となり、戦闘終結後の畑や住宅地で突然爆発し、子どもや農民の命を奪い続ける。
レバノン南部では、2006年以降これにより400人以上の死者を出し続けています。
また、「最新型は不発率が低い」――これは兵器メーカーやイスラエル軍自身が強く主張する点ですが、実地では楽観的な数字が検証されていません。
記事でもこう警鐘を鳴らしています。
“Gabelnick and other arms experts warned that dud rates advertised by arms companies were often many times higher in the field… later analysis suggested the rate was about 10%.”
つまり理論上「0.01%しか不発にならない」としても、現場では「実際には10%が殺傷力を持ったまま残る」というケースが歴史的にも繰り返されてきました。
「禁止されていないなら、正当か?」――国際法と倫理のはざまで揺れる現実
ここで指摘しておきたいのは、イスラエルがクラスター爆弾禁止条約の“非加盟”国である点です。
条約は、兵器の完全禁止のみならず、製造・保有・輸出入も禁じており、繰り返し国際社会がその危険性を警告してきました。
しかし
“Israel is not a party to the convention and is not bound by it.”
ゆえに違反ではない――というのがイスラエルの立場です。
一方、同国は今回の対レバノン戦争中に「イランがイスラエルへクラスター弾を使った」と強く非難しています。
“The terror regime seeks to harm civilians and even used weapons with wide dispersal in order to maximise the scope of damage,”
と報道官が言及しているのですが――この「ダブルスタンダード」は国際世論の反発を招く大きな要因となっています。
日本も条約批准国としてクラスター弾の一切の保持・移転を禁じています。
自衛隊で保有していた分もすべて廃棄済みです。
しかし、実際に現場で使用されている国が国際法に拘束されないまま兵器開発と使用を繰り返す現実と、現状の条約の「限界」が改めて浮き彫りとなっています。
また、今回使用されたとされる「バラク・エイタン」や「ラアム・エイタン」は近年新開発のもの。
兵器技術が進歩しても、「誰をも区別しない性質」自体が変わらない事実を、我々は直視する必要があるでしょう。
「軍事上の必要性」は言い訳になり得るか?――私たちが問うべき観点
クラスター爆弾は「密林や広範囲に広がる敵兵を一掃する」には一定の軍事的合理性があります。
ベトナム戦争では、アメリカ軍がジャングルで敵ゲリラ掃討目的に大量使用しました。
イスラエルも今回、南レバノンの「森林地帯でヒズボラ戦闘員に使用した」と推察されています。
しかし、それでもなお「副次被害」、すなわち将来にわたる一般市民への危険性の大きさを無視してよいでしょうか。
記事内でアムネスティ・インターナショナルのブライアン・キャスナー氏も、
“Cluster munitions are banned internationally for a reason. They are inherently indiscriminate and there is no way to employ them lawfully or responsibly, and civilians bear the brunt of the risk as these weapons stay deadly for decades to come,”
と指弾しています。
つまり「適切な使い方」というもの自体が存在しない。
現場実態から見ても、いかに新型を開発しても「民間人被害の最小化」は“実現不可能”だと考えていいでしょう。
私自身、この問題を考える際に「技術で解決できる」という一部専門家の論を疑問視せざるを得ません。
同時に、大国が「条約に署名しないまま既成事実化」していくリスクも無視できません。
武器が残る限り戦争が終わっても命が脅かされる、という現実が依然として各地で繰り返されています。
行き場のない惨劇を減らすため:「無差別兵器」の真のリアルを直視しよう
今回の記事が投げかける最大の問題意識は、「国際社会の努力の限界」と「兵器倫理の普遍性」です。
条約加盟国が多数となったにもかかわらず、依然として条約外の国が新型クラスター弾を開発し運用している。
つまり、条約だけでは問題は解決しない、根本の“人間観”や“軍事倫理”がなお問われているのです。
南レバノンの被害は、その地に住む人々にとって「戦争が終わっても続く不安と日常の危険」に他なりません。
そして、こうした事例はウクライナ、シリア、イエメンなど各地で同様に起きています。
メディアが取り上げなければすぐに忘れられがちですが、兵器の“後始末”は国家の責任と国際社会の持続的な関心が欠かせないのです。
最後に、私たち市民一人ひとりに「珍しい兵器、特殊な地域の問題」と切り離すのではなく、「人道に反する武器が今、どこで誰を苦しめているのか」を想像し続けることが求められているのではないでしょうか。
――死なずに済んだはずの命が奪われているという現実へのまなざしと、私たちがそれを許容しない意志。
この2つを改めて深く考える、そうした契機となるべきニュースだと言えるでしょう。
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