この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Evolution Keeps Inventing Crab (So Does Industrial Policy): OWS and Japan’s MRIs
驚きの収束現象:政策も「カニ」になる!?
まず、この記事が語ろうとしているのは、一見無関係にも思える「カニの進化」と「医療政策」の類似です。
生物学における「カニ化(carcinization)」、すなわち異なる祖先を持つ甲殻類が独立して「カニ型の形態」に進化する現象を取り上げ、政策の世界でも同じような「最適解への収束」が起きている、と著者は主張します。
日本の国民皆保険制度(1961年導入)、アメリカのOperation Warp Speed(OWS:2020年の超高速ワクチン開発プロジェクト)。両者の出発点や意図は全く異なるにもかかわらず、本質的には「需要の保証+価格統制+展開の自由=イノベーションの社会実装」という同じ処方箋にたどり着いている──これこそが“政策のカニ化”なのです。
“Both systems converged on identical principles: guaranteed demand + price discipline + minimal barriers to deployment. Different origins, different goals, same solution. Like crabs, this policy form keeps getting rediscovered because it solves fundamental problems about translating medical innovation into population health.”
引用元: Evolution Keeps Inventing Crab (So Does Industrial Policy): OWS and Japan’s MRIs
(=両国のシステムは本質的に同じ原則に収束した。起源も目的も違うのに、“カニ型政策”という同じ解答が繰り返し再発見されるのは、これこそが医療イノベーションを大衆の健康へと変換する根本問題を解くからだ、と主張しています。)
日本とアメリカで繰り返される「最適解」:カニ型政策の中身
日本のMRI政策─「過剰」がもたらす“奇跡”
記事ではまず日本の医療機器(特にMRI)の普及政策が、経済学の常識をことごとく覆している点を強調しています。
アメリカの経済学者は日本の医療“過剰”と断じますが、現実には「MRIコストはアメリカの5分の1(1回$160-200)、総医療費もGDP比半分、平均寿命84.5年(アメリカは78.8年)、がんの生存率も世界トップクラス」と、高効率で成果を出しているのです。
“Japan has 57 MRI scanners per million people. America has 28 per million….But Japan’s “wasteful” system produces MRI costs one-fifth of America’s ($160-200 vs $1,100-1,700), healthcare spending half of America’s (8.5% of GDP vs 17.6%), life expectancy 84.5 years versus 78.8, and the second-highest cancer survival rates globally.”
(=日本は人口百万人あたり57台のMRIを持ち、アメリカは28台。なのにMRI1回のコストは日本が$160-200、アメリカは$1,100-1,700と5倍差。)
なぜ日本式は可能なのか? アイデアは「ボリュームによるコスト低減」と「需要の確実な保証」。すなわち、全ての人が低価格でMRIを受ける権利を持ち、市場規模を担保することで、製造メーカーも病院も低マージンでも生き残れるという好循環が生まれるわけです。
OWS(Operation Warp Speed)─非常時にだけ生まれた“集中型調達”の奇跡
コロナ禍下でアメリカが生んだOWSも、まさにこの「カニ型政策」。
ワクチン開発に対して数百億ドル規模の「開発前購入保証」、価格・品質を事前交渉し、リスクは国が肩代わり、そのかわり短期間で量産・供給を事業者にコミットさせました。
その結果として、「ウイルス解析から1年足らずで有効なワクチン2種を承認」「国内大規模製造体制の確立」「以前は必要だった多重手順の大部分が“緩和”でも“削除”でもなく、“並列/高速処理”で実現できる」ことが証明されたのです。
“OWS invested over $18 billion starting May 2020. Pfizer received a $2 billion order for 100 million doses before FDA authorization….When buyers commit to purchasing successful products, suppliers can invest in capacity without market risk. Private capital flows when government eliminates demand uncertainty.”
(=成功商品の購入を事前保証するから、サプライヤー(企業)はキャパ投資に全力を注げる。市場の不確実性が消えると民間資本は流れ込む。)
どうして「カニ型」は何度も再発明されるのか?
「需要の保証+価格統制+展開の自由」が最適解になる構造
記事は、両国がたどり着いたこの構造が「断片的な買い手・販売者構造」「巨大な情報非対称性」「参入障壁」「大規模な外部性」など、医療が一般的な自由市場の前提を満たさない分野では唯一の“最適解”であることを指摘します。
例えば日本のMRIメーカーは「厳しい価格統制–高ボリューム–低マージン」の三拍子に合わせて、安価で大量利用に耐える低磁場・高稼働率型装置へと進化しました。
アメリカのOWSでは、「複数技術への並列投資」により“無駄”と見なされる失敗分も引き受けて、とにかく最短で製品化・数千万人分の供給体制を作りました。
極論すれば、「需要の保証(購入コミットメント)」がないと誰もキャパ投資しないし、高額機器や新薬も日の目を見ません。
価格統制がなければ供給過剰=コスト増=病院経営困難になりやすい。
審査・設置・運用の手間や制限が多い(=Certificate of Need法など)と、現場は過剰規制でイノベーションも患者アクセスも妨げられる──。
つまり“カニ型政策”は医療領域で自然発生する進化的収束だというわけです。
本当にこれでいいのか?──“失敗”までも収束する現実
一方で、この記事は「このカニ型政策ですら個別領域で“独立した失敗”にも収束している」と鋭く指摘します。
たとえば:
-
日本もアメリカも、病院の経営赤字・医師の過労・薬開発の停滞のような「制度が上手くいった“余波”や副作用」に共通して悩まされている。
-
日本の国営病院の83%が赤字。今後は医療費爆増と税収ギャップに悩まされ、医師は過労死ライン超えで勤務。医療財源が枯渇すれば競争的賃金が維持できず人材流出…。
-
アメリカは逆に民間保険の断片化や行政コスト肥大が深刻。医療保険会社は「管理費増大=高利益容認」という構造で、医療機器・薬剤・特定病院の“高値維持戦争”から抜け出せません。
-
日本は価格抑制で新薬導入が遅れ(drug lag)、アメリカは価格自由化で“世界の薬開発費の大半を米国民が背負っている”という構造──。
このように、進化的手法(≒個々の利害プレイヤーが動くことで“最適化”される姿)は長所だけでなく、深刻な共通問題=「医療労働環境の酷使」「ブラックボックス化した財源構造」「真のイノベーションの実現困難」までも収束させているのです。
日本の「MRIアプローチ」を活かすには──今こそ政策進化の原則を自覚せよ
記事後半では、日本が直面する薬剤開発遅延(drug lag)に対し、「今こそMRIアプローチやOWSの論理を応用せよ」と強調します。
“Japan doesn’t need American drug prices. It needs the MRI approach applied to pharmaceuticals….Apply Operation Warp Speed logic to pharmaceutical innovation instead. Guarantee procurement of domestically-developed pharmaceuticals that meet efficacy thresholds. Fund parallel development of multiple approaches to the same disease target. Create committed purchase agreements for biotech startups developing innovative therapies. Maintain price discipline while eliminating market uncertainty.”
(=薬価をアメリカ並みに引き上げようとするのではなく、「国産新薬の有効性が示されたら、購入コミットメントで需要を保証」「並列投資・先行購入でリスクを抑制」せよ、という提言。)
今の日本の新薬政策は「薬価プレミアムや開発促進措置で“高い薬”を増やしてグローバルで戦おう」としているが、それはMRIやワクチン政策で成功した「価格抑制+需要保証」と真逆だと指摘しています。
つまり“安く大量に・新規開発のモチベーションを制度面から保証すること”が、薬剤領域でも新たな国産イノベーションを呼び込む可能性がある──。これは現場のエコノミクスからも論理的です。
アメリカに見る“カニ型政策”の「忘却」:なぜ成功を続けられないのか
アメリカはOWSで一度「カニ型」政策の威力を実証したにもかかわらず、パンデミック終息とともに完全にその路線を捨ててしまった理由にも焦点が当てられています。
共和党も民主党も「効果実証済みの政策」を誰も継承しようとしない。莫大な公的資金で一時的に救った民間人・企業をまた自由市場へ投げ戻すため、「非常時だけカニ、普段は“元の木阿弥”」という奇妙なパターンを繰り返しているのです。
“OWS demonstrated guaranteed procurement works. Both parties ignore it. Enhanced ACA subsidies expanded coverage to 24 million people. They’re expiring. The principles that Japan applies continuously, America abandons the moment emergencies end.”
(=日本はこの論理を普遍化できているが、アメリカの成功事例は一過性の非常時対応としてしか残らなかった。)
理由は「断片化された利害(行政・企業・団体)」が制度として“普遍的”政策を拒むためだと考察しています。つまり、保険会社・病院団体・製薬大手などが、部分最適の利権や収益を守る構造に固着するため「全体の効率化」=“カニ型政策”は非常時以外継続不能になってしまうのです。
考察:進化的最適解の“知覚”こそが現代医療政策の試金石だ
政策にも生物進化とよく似た“収束”現象がある――これは非常に示唆的な視点です。
なぜなら、医療や公衆衛生の課題は“産業政策の本質”を浮き彫りにします。
たとえば、正味の医療費抑制・早期診断・産業イノベーション・患者生活の質向上――これらが同時に達成できる制度の「骨格」はどこかで収束していきます。
ところが、現実の政策は政治的正当化や部分利害の複雑な綱引きで「持続可能性」を持たせにくく、本来の成功法則(カニ型政策)を守るのは意外と難しいのが常。
時に、社会的危機(パンデミックなど)が唯一制度進化の圧力になる――これがOWSという一大実験の“虚しさ”の背景でもあります。
一方、「失敗までも収束する」という皮肉は医療政策だけでなく、教育・エネルギー・AI産業育成・災害対策など多分野に通底します。
副作用とされる医師過労・病院赤字すら、「標準的成功モデルの裏返し」として現れうる点は、今後の改革論議に必要な“冷静な自己観察”を促します。
本当に重要なのは、“カニ型政策”という進化的鉄則を正しく知覚し、政治や利害を超えてどれだけ“基礎設計”として持続可能なかたちで定着させられるか。
それができれば、産業や技術がどう変化しようとも、「社会としての最適解」にまた収束し直すことが可能になるからです。
まとめ:カニ型政策の本質、そして明日への処方箋
進化的収束(カニ型政策)が意味するのは「特定の環境圧力下では、何度でも同じ“最適解”に至る」という不変のロジックです。
今こそ問われるのは、「なぜ日本のMRIは安く、普及し、イノベーションも育ったのか」「なぜアメリカはOWSを一過性で終わらせたのか」を形式的にではなく、その仕組み(需要保証・価格競争・展開自由・リスク分散)の“なぜ”から理解し直すこと。
その上で、
– 日本は“低価格・需要保証・参入自由”のロジックを薬も医療機器も産業全体に拡張し、イノベーションと持続可能性の両立を追求すべき
– アメリカは非常時だけでなく平時でも「政策としてのカニ型」を維持できるよう、部分最適の利益調整以上に“全体効率”を旨とする制度設計に転換すべき
という至極現実的な処方箋が見えてきます。
繰り返しますが、これは生物進化と同じで「意思や計画よりも“環境圧力に沿って何度でも再発明されるべき”もの」。
政治や産業の論理が邪魔をしない限り、最適解に収束し続けるはずです。
ならば政策設計者も市民も、その“真理”を知覚しうるような批判的まなざしを持つこと――それこそが次の医療・社会イノベーションのための必須条件なのです。
categories:[society, science, technology]


コメント