この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Ford CEO on his ‘epiphany’ after talking to his Gen Z factory workers
働き盛り世代の叫び――米フォードCEOが直面した「現場のリアル」
アメリカ自動車最大手の一角、フォード社CEOジム・ファーリー氏が、若手工場労働者との対話を通じて得た「啓示」は、現代のブルーカラー(製造・技術系労働者)と社会の危機的断絶を鋭く突いています。
この記事は、2023年の大規模労働争議の最中、創業120年を超えるフォードという“古き良きアメリカ”象徴企業の現場が、既に古き良き時代から大きく変質していた事実をあらわにします。
同時に、AI・データセンターといった最先端テックインフラの担い手すら足りず、新しい時代が作れないという深刻な人材危機の「根っこ」にも迫っています。
なぜ今「エッセンシャル・エコノミー(必須経済)」が見直されるべきなのか――経営者、社会、私たち個人それぞれの視点から考察します。
「3つも仕事を掛け持ちしなければ食べていけない」現代工場ワーカーの悲痛な現実
ファーリーCEOはこう語ります。
“When I met with my entry factory workers, they were saying [they] had to have three jobs.” He said they would also work at places like Walmart and an Amazon fulfillment center: “‘You know, I get six hours of sleep, and I got three jobs.’”
(引用:Ford CEO on his ‘epiphany’ after talking to his Gen Z factory workers)
要するに、一つの職場=フォードだけでは生活できず、ウォルマートやアマゾン倉庫など計3つもの仕事を掛け持ち、「睡眠は6時間が精一杯」という、かつての“フォード・ドリーム”とかけ離れた窮状が当たり前になっているというのです。
これはショッキングであり、同時に現代アメリカでよく聞く「働けど豊かになれない」中流・労働階級の現実でもあります。
彼はまた、年配従業員からこのような本音も聞いたといいます。
“Old-timers in our plants were saying, ‘It’s no longer a career, Mr. Farley. Working at Ford is no longer a career.’”
これはつまり、かつてなら「安定した生活・誇りを持てる職」として人生の中心だった“工場の仕事”が、今や「キャリア」と言えなくなってしまったという、強烈な時代の断絶を物語ります。
「必須経済」の空洞化が招く国の衰退――誰もが見落とす危機
ファーリー氏は、こうした個人的な気づきから、今目の前にある「エッセンシャル・エコノミー=社会生活や産業の土台を支える現場・職人・技能職」全体の持続可能性に危機感を強めています。
現場では、次のような深刻な人手不足が起きていると警告します。
“He estimated the U.S. is short roughly 400,000 technicians and a similar number of factory workers… He warned that millions of well-paid jobs are going unfilled because they require specialized skills. Putting the salaries for these jobs at $100,000 and above, Farley argued that they require training. ‘You can’t work on a diesel F-150 if you haven’t been trained for five years, at a minimum five years,’ Farley noted.”
ベテラン整備士や工場技能者など、高度な訓練と経験を必要としながら年収10万ドル(約1500万円)以上も可能な職が何十万も空席のまま…というのです。
テック企業・AI化が進展している米国で、なぜこのような事態が生まれるのでしょうか?
その答えは「技能の伝承が途絶えている」「若者が魅力を感じない・生活できない・将来が見えない」といった根本要因に行き当たります。
単なる給料アップでは解決しない「構造問題」
ファーリーCEOは、単に給与を上げるだけでなく、職業訓練やアプレンティス制度(見習い制度)、職業教育を強化しなければ根本解決にはならないと主張しつつも、現状には危機感をあらわにしています。
“Farley called out declining investment in skilled trades, poor productivity, and bureaucratic hurdles as key obstacles facing the essential economy. … Farley agreed that trade schools and apprentice programs are “going to matter,” but when asked if he’s seen a big enough shift in those areas to tackle the current crisis, he had a simple answer: ‘Not yet.’”
現場技術の人材不足、そして支える教育・社会インフラの投資不足は、今の「豊かなアメリカ」だけでなく将来の繁栄そのものを危うくするのです。
大企業経営者として、彼は“現場企業だけでなく地域社会や政策が一体となり、制度づくりに本腰を入れない限り、危機は深まる”と繰り返している点が印象的です。
「学歴社会」の呪縛、日本や他国も他人事ではない――国際的・歴史的背景から考える
ここで日本社会との共通点・違いについて少し考えてみましょう。
アメリカでも日本でも、「一流大学に行ってホワイトカラーに」という価値観が長年、進学・就職の主流でした。
一方で製造業・技能系を“不本意な選択”のように見做し、投資も評価も縮小してきた経緯があります。
「現場=安定」の時代から「現場=不安定・低賃金・将来が見通せない社会的地位」となると、若手が寄り付かないのは当然です。
製造立国ニッポンも、高度技術を持つ熟練工の高齢化や後継者不足が深刻化しているのは周知の通りです。
また、現代の若者に人気の“プログラミング”や“クリエイティブ職”ですら、実態は短期契約や低賃金での使い捨て、過剰競争といった課題を抱えています。
どの国でも「現場」と「ホワイトカラー」、現実と理想のギャップが問題の核心にあるのです。
「AI時代」でも労働現場が主役――社会的地位と生きがいをどう取り戻すか
フォードCEOはAIやDXの時代こそ、巨大データセンターや新しいハードウェア、インフラ建設を担う技能職が要であると強調します。
そして、行政・企業・教育がバラバラに動いて足並みが揃わない現状に苛立ちを隠しません。
私はここに、日本社会がいま直面している「技能軽視・現場離れ」と同質の危機を感じます。
確かにデジタル技術が社会を変えますが、最終的に“モノやインフラを作り上げるのは人間の手・技能”です。
ブルーカラーの尊厳と誇りを取り戻し、安定した生活・社会的評価・キャリアパスを可視化すること。
そして、世代を超えて「自分の手で社会を支える」生きがいを感じられる仕組み、たとえばデュアルシステムや職人の地位向上、最先端現場と学校が直接つながる教育投資が今こそ必要なのではないでしょうか。
結論:「現場の知」と「手の価値」を再発見する社会へ――私たちへの問い
フォードCEOが直面した“現場崩壊”は、単なる米国の一企業の危機ではありません。
それは、先進国全体が「現場の仕事=見えない・評価されない・選ばれない」まま、経済の土台が静かに崩れる未来を示唆しています。
この記事から得られる最大の示唆は、「ブルーカラー=“下”ではなく、社会の“柱”」という意識の転換が、すべての人・組織に今すぐ求められているということです。
刻々と進むAI化・グローバル化の中で、人間の価値を“手触りのある仕事”に見出し直すこと――それが一人ひとりの働く意義、社会的連帯の原点にもなり得るのではないでしょうか。
これからの10年、日本の現場、そしてキャリア観全体の“常識”をぜひ、見直してみませんか?
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