この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Matthew Garrett Wins £70K Libel Judgment Against Techrights Publishers
「誰もが明日は我が身」技術界の名誉毀損事件、その全貌
今回ご紹介するのは、2025年12月3日にFOSS Forceで報じられた、英国を拠点とする大手オープンテック系ブログ「Techrights」が、著名なオープンソース開発者Matthew Garrett氏から名誉毀損で訴えられ、約7万ポンド(日本円で約1,300万円)の賠償を命じられた裁判についてです。
単なるネットコミュニティの不和とも思えますが、深掘りすれば「オンラインの言論と責任」「証拠・主張・真実性」さらには「技術系ジャーナリズムの姿勢」まで、現代社会の課題が凝縮されています。
強烈な主張と判決要旨――引用から読み取る裁判の構図
記事では、Techrightsを運営するRoy・Rianne Schestowitz夫妻が、2023年から自らへのオンライン嫌がらせの発信源をGarrett氏だと断定し、「ソックパペット(なりすまし)アカウントによる中傷、脅迫、犯罪行為の首謀者」として度重なる記事やWiki投稿で名指ししました。
以下、元記事の該当部分を引用します。
“Garrett claims that since 2023, the Schestowitzs have used their websites, Techrights and Tux Machines, to publish derogatory and unsubstantiated claims, which among other things, say that he’s behind anonymous ‘sockpuppet’ IRC accounts — that is, accounts using fake names — that carried out a vicious trolling and harassment campaign against them.”
“They’ve claimed that through the ‘sockpuppet’ account he has made posts against them that included racist, antisemitic, misogynistic, homophobic, and paedophilic content, along with threats of violence or death. In addition, they accused him of criminal activities, including cybercrime, hate crime, blackmail, and issuing death threats — and of being a user of crack cocaine.”
Matthew Garrett Wins £70K Libel Judgment Against Techrights Publishers
これに対し裁判所は、Schestowitz夫妻が「本当にひどいネット中傷や脅迫を受けていたこと自体は認めた」ものの、「それをGarrett氏であると帰結づける有効な証拠なし」と判断。
「truth(真実性)、honest opinion(誠実な意見)、public interest(公益性)」のいずれの抗弁も退けられました。
また判決文では、「their online campaign against him was ‘unsubstantiated character assassination,’ and not the investigative reporting the defendants claimed.(彼らのオンラインでの攻撃は‘根拠なき人格攻撃’であり、被告が主張する調査報道ではない)」との厳しい指摘もありました。
技術分野の「信頼」と「言論」――名誉毀損ラインはこうして引かれる
この事件は決して一部の「ネットバトル」では済まされません。
特にオープンソース界隈はソーシャルメディア・フォーラム・IRC等、パブリックな発信の場が多く、時に告発記事や批判が乱舞しやすい土壌にあります。
それだけに、著名開発者やベテラン活動家が名指しで「犯罪者」扱いされれば、事実かどうか試される視線も一段と強くなります。
本件で問題となったのは、
- ガレット氏が実際に攻撃の「黒幕」だった証拠が皆無だったこと
- 「ネットの正義」を標榜しても無根拠な誹謗が許されない点
- 裁判所の手続に則らず、証人・証拠提出を避けた被告側の「自己防衛最優先」な態度
- 被害意識と加害性との危険な区分
等です。
興味深いのは被告側も「本気で嫌がらせ被害に苦しみ」「その怒りや正義感からGarrett氏を犯人視してしまった」点。
しかし、公器を自認するメディアやコミュニティリーダーには、いかに敵意を受けても事実確認・立証責任・被相手への配慮が欠かせないことが、あらためて法律レベルで確認された格好です。
批評的考察:「証拠なき正義」が失うもの
私が最も懸念するのは、「オンライン社会の暴走的正義」そのものです。
一見、被告側は“市民メディア”の巻き込まれ型被害者です。
著名であるゆえに集中砲火を浴び、それが実際に精神的ダメージや生活の脅威となった面も否定できません。
しかし本件で問われたのは「正義の執行人ごっこ」の危うさです。
最後まで自らの主張を裏づける証拠・証人を出さず、「疑わしきは罰する」姿勢に陥れば――本来守るべきコミュニティの“開かれた議論”すら損ないます。
また、こうした事件は「言論の自由」を隠れ蓑に煽動的な発信を繰り返す人物や組織にも一石を投じました。
たとえ私的なブログやSNS、そして海外サーバ上のサイトであろうと、イギリス名誉毀損法は「公益のためなら何を書いても許される」ものではなく、あくまで裏付けと正統なプロセスを重視します。
Garrett氏は業界で「Linuxカーネル開発者」「FSF理事」「Secure Boot推進者」など多大な影響を持つキーパーソンです。
そうした人物でさえ、『悪質な書き込みの首謀者』と糾弾されれば、人生・名誉・キャリアへの損害は計りしれません。
一般的な開発者・コントリビュータであれば、なおさら立ち直ることは困難でしょう。
一方、Schestowitz夫妻もネットリテラシーが高いはずの業界で長年活動し、数多くの企業・個人に“糾弾”記事を書いてきた背景があります。
かつては「欧州特許庁に対する根拠なき中傷」で警告を受けた前歴も注意すべき点です。
今回の事件から学べること――コミュニティの未来のために
本裁判は、単なる「ネット誹謗事件」ではなく、以下のような現代社会への教訓を含んでいると言えるのではないでしょうか。
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言論の自由と責任は、必ずしも反比例しない
批判・告発には自由が保障されるべきですが、それは「証拠に裏付けられ」「公益に資すること」が前提です。 -
デジタル時代の名誉毀損は大きな損害に直結する
オープンソースコミュニティやIT分野は人材の流動性・信用による関係性が命です。一度イメージを毀損されると、個人のキャリアが絶たれる危険は極めて高いです。 -
オンラインハラスメントの被害者も加害者になり得る
嫌がらせ被害に向き合う場合も、感情的な糾弾に流されず冷静に証拠収集・記録・相談を意識したいものです。 -
メディア・リーダーの役割は“煽動”でなく“検証”
特に情報を広く発信する者は、「ファクトチェック」「取材のバランス」「疑いは疑いとして断言しない」等、表現のオペレーションを工夫しなくてはなりません。
今回の判決には、「オンライン社会における信頼と責任」の本質が鋭く問われています。
Garrett氏を直接知らない読者でも、自分の評判、言動、真偽不明の情報の拡散が――今まさに大きなコストを伴う時代であること、改めて意識せざるを得ないのではないでしょうか。
結論:「あなたの発信」にも、明日は判決が下るかもしれない
この記事を通じて感じたのは、「ITの世界だからこそ、言葉の重みを再認識しよう」ということです。
悪意がなくとも、断片的な情報や噂話を真偽不明のまま共有するSNS社会。
その渦中で、証拠なき断罪が人生とキャリアを根こそぎ奪う例は今後も増えていくでしょう。
「もし自分が誰かを批判するなら、それが証拠に裏付けられているか」
「感情に流された断定的表現は使っていないか」
「加害にも被害にもなりうる立場だと自覚しているか」
コミュニティの成熟には、こうした“自省と慎重さ”が不可欠です。
読者の皆さんも、日々の発信が社会をどう動かすのか――一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。
categories:[society]


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