この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Case Study: Compiler Frontend via Effect Handlers
導入:なぜ今コンパイラフロントエンド×エフェクトハンドラなのか?
「パーザやレクサの実装といえば?」と聞かれれば、多くのエンジニアは“古典的な再帰下降パーザ”“正規表現主体のレクサ”の姿を思い浮かべるでしょう。
ところが、近年の関数型言語技術・エフェクトハンドラの発展により、これらフロントエンドの構築手法が劇的に拡張されています。
今回紹介するCase Study: Compiler Frontend via Effect Handlersは、その最先端事例として、
エフェクトハンドラを活用してレクサ・パーザ・プリティプリンタ・ANF変換という4つの核フェーズをダイレクトスタイルで記述するアプローチを丁寧に解説しています。
単なる概念論ではありません。
本記事は「pull型レクサ」「バックトラックパーザ」「プリティプリンタによるきれいな出力」そして「ANF(Administrative Normal Form)変換」まで、
すべてエフェクトハンドラによってトップダウンに構成可能であることを具体的なコード断片・コンビネータの活用例とともに示します。
パーザやレクサからANF変換まで――記事の主張とは?
まず、記事で繰り返し強調されている中心的主張をピックアップしてみましょう。
“In this case study, we show how to implement a pull-based lexer in terms of effect handlers.”
“Parsers can be expressed by using the lexer effect and process the token stream. … To model different alternatives in the grammar, we use the following effect for non-determinism…”
“The pretty printing library is based on a non-deterministic description of layouts. … we first try to pretty print horizontally and fall back to vertical mode, if not enough space is available.”
“In this case study we implement a simple ANF transformation by using an effect to non-locally insert binders for non-trivial expressions.”
この記事は次の4つの点を個別に事例化し、“エフェクトハンドラを軸に”解体・再統合しています。
- pull型レクサをエフェクトハンドラとして記述(入力ストリーム上を“必要な時にだけ”進む)
- パーザの選択・バックトラック制御にエフェクトを援用(意図的な失敗と分岐を可搬的に扱う)
- プリティプリンタも非決定性(スペースを改行にするか等)を効果的にモデル化し、バックトラックで最良レイアウトを探索
- ANF変換において、「一部式を外に持ち出しlet束縛を自動挿入する」効果をBindエフェクトで記述
どれも“普通の手続き実装”ではサブルーチン化・再利用・独立的テストが困難なワークフローを、直列的で拡張性高い形に組み換えることが目的と言えるでしょう。
「pull型レクサ」とは何か?その意義を深堀り
従来型との違い
通常、レクサは“push型”が多く、入力全体を一括でトークン列に変換しきります。
しかし、実際の多段階処理パイプライン(パーザ/インタプリタ/型検査など)では、「次のトークンが本当に必要になるまで消費を遅延したい」「パーザのバックトラック時には安易に入力位置を巻き戻したい」といった要請が頻出します。
この記事で主張されているpull型実装はまさに以下のようなAPIです:
“interface Lexer { def peek(): Option[Token] def next(): Token }
…This describes the interface of a pull-based lexer as a stream of tokens. Lexemes are only processed on demand.”
この方式の意義は、
– 「パーザとレクサが非同期的にやり取り可能」
– 「必要なトークンだけを動的生成できる」
– 「バックトラック時にストリーム位置を戻す(or保存する)ことが柔軟」
という、現代的な言語処理系の抽象度・再利用性向上によくマッチしている点です。
Python等でもジェネレータとの結合法がしばしば議論されますが、エフェクトハンドラはより一般化された制御構造と言えます。
実装例の意義
記事では、最初リストから固定列挙するダミーレクサをhandlerで差し替えています。
本物のレクサ実装では、正規表現パターンと入力位置情報をもとにpull型インタフェースをhandlerで構築します。
このモジュール化手法のポイントは、「handler単位でレクサ実装/デバッグを切り分けられる」ところです。
データ生成起点(ファイルor文字列orストリーム)はhandler差し替えで簡単実験でき、統合テストやホットスワップも容易です。
パーザコンビネータ×エフェクトハンドラで何が変わる?
パーザの失敗制御と選択の一般化
典型的なパーザ(特に再帰下降型やコンビネータベース)は「失敗→例外」or「Maybe/Option返却」に頼りがちです。
しかし、複雑な文法(例:構文上の曖昧性や複数の選択肢がある表現)では、「どちらかを先に試し、ダメならバックトラック」といった非決定性挙動の表現が難所となりやすい。
記事ではそれ自体を効果(Effect)として以下のように定義しています。
“interface Nondet { def alt(): Bool def fail(msg: String): Nothing }”
このアイデアの本質は、「選択肢分岐(alt)」「失敗通知(fail)」を文法規則レベルで明示可能にすること。
これにより、or, many, some, opt等のパーザコンビネータが“直列手続き・自然なスタイル”で(しかも強力にバックトラックや複数解探索も可能な形で)記述できます。
python
def or[R] { p: => R } { q: => R } = if (do alt()) { p() } else { q() }
def opt[R] { p: => R }: Option[R] / Parser = or { Some(p()) } { None() }
...
def parseExpr(): Tree / Parser = or { parseLet() } { or { parseApp() } { parseGroup() } }
このスタイルのパーザは、Haskell/Scala等で発展したパーザコンビネータよりも副作用(効果/状態)モデルとの親和性が高い点が非常にユニークです。
状態管理・ローカル変数との連携
また、記事では「パース中のleaf数を数える」といったローカル状態管理もエフェクトと稠密に絡みできれいに表現できることを具体例で示しています。
従来ならモナドトランスフォーマ等に頼った難解なコードになりがちな部分を、直感的に書ける点が大きな進歩です。
深いバックトラック制御の意義
これら効果ベースのパーザデザインにより、「パーザ、レクサ、ローカル状態」の真の“入れ子・巻き戻し”も完全に管理できるようになっている点は、
LL/PEG/再帰下降パーザの設計パターンで見逃されがちな、現代的で実用的なメリットです。
プリティプリンタにもバックトラックとエフェクトを
レイアウト探索が「文書内でのバックトラック」になる意味
記事のプリティプリンタ設計は、単に「整形指示の記述用DSL」としてエフェクトハンドラを使うだけではありません。
「ある行長に収まらない場合、行内/行頭レイアウトを水平↔垂直で自動入れ替え」する「バックトラックつきレイアウト探索」を、
選択点(エフェクト発生点)ごとに垂直水平を切り替えて最初に成功したレイアウトを採用する形で一般化しています。
“We first try to pretty print horizontally and fall back to vertical mode, if not enough space is available.”
このアプローチの意義は、「グループ化されたセクション内で柔軟かつ一貫した整形をできる」「ユーザ定義コンビネータも小さなコンポジションで作りやすい」ことです。
実際のプリティプリンタ構成
プリティプリンタのモジュール分割は以下のような役割分担がなされています。
-
レイアウト効果(Layout):
インデントや表示方向(水平/垂直)情報を文書生成時にcontextとして展開 -
出力(Emit)効果:
実際のテキスト出力を仮想ストリームとして管理 -
選択(LayoutChoice)効果:
分割点/折り返し拡張タイミングで「どちらを使うか」バックトラック付きで探索
また、この一連の効果をハンドルする検索関数(searchLayout等)もシンプルかつテスト容易。
部品単体のテスト・組み換えも効率的です。
わかりやすい例
例えば、
python
def group { p: => Unit / Layout } = do choice().in { p() }
def softline() = group { line() }
この記述スタイルでは、「入れ子のグループ単位で水平↔垂直の最適化を再帰的に試みる」という処理が“自然言語的”に表現されています。
(C#やF#文法の整形器等と比較すると、DSL設計と実装・再運用性ともにすぐれている印象を受けます)
ANF変換をエフェクトで書くと何が嬉しい?
let束縛の自動挿入を副作用として分離
ANF(Administrative Normal Form)変換は、非自明な式(ネストした関数適用や副作用式等)を逐一let束縛で取り出す「正規化変換」です。
これを従来パターンマッチ&明示的再帰だけで書こうとすると、“一段上の階層”まで逐一手動でlet式を書き並べる冗長な実装になりがちです。
本記事では「Bind効果」という「この文(statement)を一時変数束縛して式に昇格せよ」という“ノンローカルな挿入”を以下のようにエフェクト化しています。
“effect Bind(e: Stmt): Expr …
def traverse(e: Tree): Stmt / { Bind, Fresh } = e match {
…
case App(name, arg) =>
CApp(name, do Bind(traverse(arg)))
…
}
…
def bindHere { prog: => Stmt / Bind } : Stmt / Fresh =
try { prog() } with Bind { (e) => val id = do Fresh()
CLet(id, e, resume(CVar(id))) }
“`
この方式だと、
– 「明示的なコード生成とノンローカルな束縛挿入の責任分離」
– 「新しい変数名生成(Fresh)”と束縛自動化を再利用可能なエフェクトとして分離」
– 静的検証・デバッグ時にも個別部分だけ切り替えてテストできる
– 変換ロジックの直感性が高い
といった、中規模以上の中間表現(IR)変換で非常に重要な性質が得られます。
もう一歩先へ:ワークフロー統合と実務的意味
全工程を“効果”でパイプライン化するメリット
記事は最後に、「pull型レクサ」「パーザ」「プリティプリンタ」「ANF変換」全てを一貫したエフェクトパイプラインで組み合わせるfor end-to-endな例を実装・検証しています。
python
def pipeline(input: String): String =
parse(input) { parseExpr() } match {
case ParseSuccess(tree) => pretty(translate(tree))
case ParseFailure(msg) => msg
}
規則や文字列処理、データ変換、例外のような多系統ロジックを「局所的エフェクトインタフェース」として逐一分離・入れ子化できる点は、
実際に現代的SPAやDSL、構造化データ変換パイプラインを構築する際の大きな設計指針になります。
(たとえば、Web組込みDSLや高度なリファクタリング・カスタムLinter・自動生成系コンパイラの基盤設計にも応用可能)
考察:本稿アプローチの利点と注意点
メリット
- 拡張性・再利用性の高さ:柔軟な効果合成でパイプライン局所的な改修が容易
- テスト・デバッグ性:handler単体/部分的に差し替え可
- 制御フロー直感性:例外や状態が副作用として明確化、一貫したハンドラ管理
- 記述スタイルが”直接的”:通常の命令型制御構造ながらパーザ・変換・prettyプリントなど高度なフロー制御も扱える
チャレンジ・課題
ただし、エフェクトハンドラに馴染みのない読者には「シンタックス・メカニズムに慣れる」ステップが最初必要です。
また、複雑なエフェクト組み合わせ(ネストの深いバックトラック等)では実行順やパフォーマンスが把握しにくい局面もあるため、“適切なハンドラ順序”“副作用の設計的意図明確化”の習熟が求められます。
既存の実務環境(例:Python/JavaScript/Go等)では直接的にエフェクトハンドラ記法が使えないため、
サードパーティライブラリやDSLとしての導入検討が現実的です。
まとめ:全体から読み取る「エフェクト主導」設計の示唆
- パーザ・レクサ・整形器・IR変換といった従来別設計だったパイプライン工程を、「局所的な効果」として高度に再構成できる
- その際、pull型API・バックトラック・非決定性選択・ノンローカル副作用・状態管理等、多くの困難点が“手続き的かつ型安全なスタイル”で解決可能になる
- 実用的な大型DSLや新言語設計、あるいはカスタム分析ツール等でも「柔軟なフロントエンド基盤」として注目に値する
つまり、コンパイラに限らず「手続き的制御構造+拡張的抽象化」を両立したいあらゆる分野で“エフェクトハンドラ中心設計”が強力な設計選択肢になりえる
――これが本記事のもたらす最大の示唆です。
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