この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
AI Discovers Novel Cancer Drug, or Did It?
AIは「がん新薬」を本当に発見したのか?——話題のニュースに潜む「本質」を解き明かす
2025年11月、Googleが「AI(Gemmaモデル)が新たながん治療経路の発見に寄与した」と発表し、世界中のメディアが「ついにAIが科学を生み出し始めた」と大々的に報道しました。
一見すると、人間を凌駕するかのようなAIの知性を想像するかもしれません。
しかし、今回ご紹介するAI Discovers Novel Cancer Drug, or Did It?の記事では、その「舞台裏」で実際に何が起こっていたのか、冷静かつ詳細に分析されています。
果たしてAIが本当に新薬を発見したのか?
人間とAIの関係性、AI活用のリアルな姿を探っていきます。
「AIによる革命」、本当なのか?――記事の主張と引用
まず、注目の指摘を引用します。
“This discovery is not an example of AI being prompted to ‘find a novel cancer therapy,’ as some headlines might imply, and then the model thinks, reasons, and performs research to obtain the answer.”
(この発見は、一部の見出しが示唆するような「がん新治療法を見つけて」というプロンプトにAIが反応し、思考し、推論し、研究を進めて答えを導いた…というものではありません。)
さらに、記事は詳細なプロセスを段階ごとに分析し、こうまとめます。
“The entire experiment, setup, data, process, and execution are all planned out by humans. LLMs played no part in the planning or design of how a cancer drug might be found.”
(実験の全体設計、データ、プロセス、実行はすべて人間が計画したものであり、LLMは新薬発見の計画や設計には何ら関与していません。)
つまり、人間がデザインした実験工程の一部でLLM(大規模言語モデル)が活用されているものの、「AIが思考して新薬を発明した」わけではない、というのが筆者の主張です。
なぜこの指摘が重要なのか?——「AI万能論」への冷静な視線
昨今、AIによる大発見や「シンギュラリティ」の到来が華々しく喧伝されています。
特に医薬分野では、AI創薬のブレイクスルーが期待されています。
実際、「AIが医学研究を根本的に変える」という期待から、多額の投資と注目が集まります。
しかし、今回の記事が明らかにしているのは、実際には
- 実験の設計、
- データの準備と整理、
- モデルのトレーニング・チューニング、
- 結果の選択と検証、
といった創薬プロセスの大半が「人間による主導」のもとで進められており、AIはあくまで「補助的ツール」の位置づけにすぎないという現実です。
AIが重要な役割を果たしたのは、
“LLMs were used to probabilistically narrow a set of potential candidates to a manageable set that could be inspected by human review.”
(AIは、候補化合物の膨大な集合を、確率論的に扱える範囲まで絞り込む作業を担った。)
この役割です。
たとえば、30,000を超える薬剤候補から4,266にしぼり、その後、約400万通りの組み合わせを“訓練されたLLM”で推定し、「効きそうなもの」を上位リストアップしました。
それでも、最終判断や研究仮説の立案・検証はすべて人間科学者の手によるものです。
「AIで薬ができる」は幻想?——創薬AIの本当の価値を再考する
AIが創薬プロセス全体を自律的に進め、「人の発想を超える薬」を生み出す──。
そのような未来像は魅力的に映ります。
ですが、現状のAIと人間の関係は「道具」と「設計者」に近いと言えるでしょう。
たしかに、かつては不可能だった規模の探索や、パターン認識がAIによって実現しています。
「膨大なデータの中から確率をもとに候補をしぼる」という作業は、人間では追いつかない領域です。
しかし、その次の本質的な探求――「これは本当に新しい作用か?」「既知情報とどのように矛盾しないか?」といった科学的な思索や創造的行為は、人間にしか担えません。
AIが薬を作ったという誇張が独り歩きすると、人間の直観や経験の価値が見落とされ、逆に科学の進展を歪める危険すらあります。
具体的なイメージで整理すると
実験データを自動的に記録する「Excelマクロ」や論文を素早く検索する「PubMed」のように、AIは「より賢い道具」になりつつあります。
ですが、
「道具」=「主体的な発明家」ではありません。
本当に大切なのは「どのような問いを立て、どのような仮説を構築し、どう解釈するか」を決める人間の知性。
そして、今回の創薬AIも“人間主導のパイプラインのなかで、一部を自動化・高速化している”だけ。
このリアリティは冷静に抑えておくべきでしょう。
エキスパートの立場から見たAI活用の「光と影」
筆者は「LLMs were used to probabilistically narrow a set of potential candidates to a manageable set that could be inspected by human review. This is a substantial productivity enhancement for this type of task; however, it is not an accomplishment performed by thinking machines; it does not advance AI in any way toward something we would call AGI. Humans posses reasoning capability that is still not present in any current AI system.」
(候補を確率的に削減して人間が検証しやすくした。この分野では生産性向上に大きく貢献しているが、“考える機械”による成果とは言えないし、汎用人工知能に近づいたとも言えない。人間の推論力にはAIはまだ到達していない)
と明確に述べています。
この冷静な意見は、私たちがAIのニュースを受け取る際に絶対に忘れてはならないポイントです。
現場の研究者たちも、「AIが自律的な“発見者”である」という誤解が広がることに警戒しています。
実際、AI創薬スタートアップに資金と人材が流れていながら、承認された新薬に到達した事例は2024年時点でも非常に希少です。
言い換えれば、人間とAIが互いの強みを活かした「共進化」こそが次のブレイクスルーへの鍵だ、と言えるでしょう。
これからのAI×科学との付き合い方——読者への示唆
医薬分野でAIを活用する動きは加速するでしょう。
しかし、「人間の知性や倫理観にAIが取って代わる」未来像は、まだ現実味を持ちません。
むしろ重要なのは、
– 膨大なデータの中で「使うべきもの」を見抜く目を人間が持つこと、
– AIのタスクは明確な線引きをしつつ、手続きの自動化や高速化から生まれる“余剰”の時間で、より創造的な研究や患者中心の医療を追求すること、
– 世論や投資家、大衆メディアが「AI万能論」に流されないよう、正しい理解と批判精神をもつこと
です。
この記事を通じて、「AIがどこまでできて、何ができないか」という現場のリアリティを知ることで、テクノロジーの進化を正しく恐れ、賢く使いこなすヒントが得られるでしょう。
現代は「専門家によるAIの目的意識的な活用」が問われる時代です。
私たち自身が情報を「理解し直す」力を持つことが、最終的には医療や社会の“進歩”を支える大きな力になる―、そう強く感じます。
categories:[science]


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