この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Orderbooks and Firm Pricing
なぜ「たくさん注文」することが原子力の未来を変えるのか？
原子力と言えば、莫大なコスト、プロジェクト遅延、そしてリスクの高さがどうしても頭をよぎります。
その理由の一つに、「オンリーワン」の発電所や機器設計が乱立し、注文も単発・小口に終始してきた歴史があることをご存知でしょうか。
今回ご紹介する記事では、この現状を覆し、原子力発電を持続可能かつ堅実な産業へ転換するカギとして「オーダーブック（多数発注）」の仕組みに焦点を当てています。
原子力業界に限らず、巨大プロジェクトのコストダウンやサプライチェーンの強靭化には、量と確実性に裏打ちされた「注文の仕方」こそが決定的な差を生む――このメカニズムを徹底して解明します。
記事の主張：「大きな注文」はコストを下げ、リスクを分散する
記事では、アメリカ原子力業界の課題として、以下のような構造的問題を指摘しています。
“Across its history, the United States’ nuclear industry has seen large increases in costs and risks due to on-off projects, bespoke reactor designs, vendor failures, and supply chain shortages. Much of this is caused by a lack of orders. Essentially, there is not enough demand to reduce uncertainty and build a robust ecosystem from which the industry could operate.”
単発の注文では部品の単価が上がり、結果として設備投資が非効率化。
これを根本的に変えるには「多くの原子炉（あるいは同型機器）を組織的に発注し、オーダーブックを形成する」こと。
こうすればサプライヤーはリスクを感じにくくなり、安定した価格や供給、優れた契約条件が得られるとしています。
多数発注が「サプライヤー心理」と市場構造をどう変えるのか？
ここで注目すべきは、1点物やカスタム設計で発生する“不確実性”が、サプライヤー側の行動に大きく影響すること。
1つだけポンプを発注した場合と、10個まとめて発注した場合とでは、サプライヤーの見積もりもモチベーションもまるで違います。
小ロットは「コストプラス契約」で不利益が膨らむ
単発発注ではサプライヤーが「自社の原価プラス利益」をもれなく買い手に転嫁可能な「コストプラス契約」に頼りがちです。
この方式ではコスト超過リスクがすべて買い手(電力会社や自治体等)に移転し、不確実性からサプライヤーは高い金額を要求しがちです。
多数発注＝「固定価格契約」へと転換する
ところが10個、100個と同じ設計の部品やシステムを一度に発注できれば話はまったく異なります。
“With a ten-pump order, the vendor’s uncertainty plummets. The vendor can amortize those same setup costs over ten units; their per-unit cost drops due to economies of scale, and they gain efficiency as they build. The project becomes predictable. Given the lowered risk, they are now willing to offer the buyer certainty through a fixed-price contract.”
こうなるとセットアップ/段取り原価が1台あたりに薄くなり、量産による学習効果も働きます。
サプライヤーの不安も低下し、「固定価格で引き受けます」となってくるのです。
学習効果・スケールメリット…他産業のノウハウがなぜ原子力に効く？
これは実は製造業の世界では当たり前の知見です。
Tシャツなら1枚オーダーすればバカ高く、50枚注文すれば単価が激減する――この現象と全く同じ原理が大型インフラの世界にもそのまま当てはまります。
“The more shirts that are ordered, the lower the per-unit costs as the marginal cost of producing each additional shirt falls.”
しかも原子力のような極めて複雑で安全性や信頼性が重視される分野では、一度に複数機種を設計・発注することによって、
- 標準化による徹底的なリスク低減
- 部品共通化でサプライヤー数の拡大
- 「一社がダメでも他で代替可」という供給安定性
が一挙に手に入るのです。
これは、ジェットブリッジ（空港用可動搭乗橋）の標準設計を全国に広げ、どの空港でも使い回せるようにする例や、鉄道車両の大量発注と同じく、「一点物」を回避することで費用もリスクも抑制できるからです。
「イノベーション」は少量試作→量産注文のサイクルが正解
単に「たくさん作れ」というだけでは最適化された技術開発は望めません。
そこで記事が強調するのは、以下のようなイノベーション・プロセスです：
- 小規模・試作で最適化を繰り返す（例：DOEパイロットプログラム）
- 設計が洗練されたら、多数発注のオーダーブックを組む
- 標準型で反復建設し、学習とコストダウンを加速
一機試作ではコスト高は避けられませんが、それを繰り返して標準設計が定まった段階から一気に「数で攻める」フェーズに切り替えるわけです。
購入者も、投資家も、社会も恩恵を受ける
多数発注＝オーダーブック方式には、原子力開発を持続的に発展させるダイナミズムがあります。
- 投資家は「固定価格契約」でコスト超過リスクが限定されるならば、積極的に資金を投じやすくなる
- サプライチェーン拡充→中小事業者も参入できる余地が生まれ、ひとり勝ち・独占を防ぐ
- あるベンダーが倒産しても他社でフォローが効き、5年10年がかりの建設計画も頓挫しづらくなる
つまり、数の力による「経済の基盤強化」は、大規模インフラが必然的に抱える社会的リスクを分散させる最善策となり得るのです。
“Orderbooks expand the market, both in terms of the number of vendors likely to participate and by attracting new market entrants. This increases the robustness of supply chains; incumbents may seek to add on manufacturing capacity so as not to lose business to other firms, and if a vendor fails to deliver or goes under, other suppliers will fill in the gaps.”
私見・考察：日本の原子力、メガインフラ分野にも活かせるか？
ここまで主張されたオーダーブックの利点は、米国だけでなく日本の原子力や電力網、さらには再生可能エネルギーの新技術導入にも響いてくると考えます。
特に日本の原子力産業は、福島事故以降、安全規制や設計基準の多様化に苦しみ、各社が個別交渉の連続となってコスト高・遅延・リスク集中が慢性化しています。
例えば、将来的に小型モジュール炉（SMR）や原子力の新型炉を再稼働・新設する際、「全国一斉に同一設計で6～10基まとめて発注、共通調達」で進める体制に切り替えれば、
- サプライチェーンがアップスケールし、国内新規参入と競争力UP
- 高度な品質・設計ノウハウを国内に定着
- 政府・地方自治体投資も単発リスクから開放されやすい
といった副次的な効能まで見込めるはずです。
終わりに：「やるならまとめて、確実に」こそが現代の大型インフラ鉄則
今回取り上げたオーダーブック論は、ともすれば「大量生産・大量発注なんて時代遅れ」と思われがちな現代ですが、実はAI、EV、再エネ、データセンターなど新たなインフラ領域でも決して古びない知見です。
- プロトタイプで失敗し、コンセプトを磨く
- 洗練された工程が見えたら、一気にシリーズ化して規模の力を発揮
- サプライチェーン全体が「注文の量で安心」できる仕組みを作る
この積み重ねが、原子力のみならずあらゆる産業の「戦略的競争力」となっていくはずです。
国家レベル・自治体レベルのインフラ整備でも、「単発」や「個別調達」を見直し、「まとめて発注」「標準化コンソーシアム」を組む意義は、今後ますます高まることでしょう。
今こそ、「まとめて作り、まとめて買い、まとめて備える」発想へ。
原子力、IPS、再生エネ、どの分野でも――オーダーブック戦略が次の主流です。
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