消えゆく個性、つまらないガジェット時代へ——誰が「工業デザインの死」を嘆くべきか

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この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Death of Industrial Design and the Era of Dull Electronics


つるりとした矩形の海……いま、何が起きている?

最近、家電売り場に並ぶスマートフォン、テレビ、PC……どれをとっても「見分けがつかない」と感じたことはありませんか?
むかし憧れを抱いた鮮やかで個性的な “家電” たちから姿を変え、現代のプロダクトはどれもがフラットで無個性な「ただの板」になってしまった、と嘆く声が一部で高まっています。

今回紹介するHackaday の記事「The Death of Industrial Design and the Era of Dull Electronics」では、この現象に鋭く切り込み、「工業デザインの死」と評しています。
以下では、記事からの引用や要点を紹介しつつ、そこに込められた問題意識や現代社会への示唆、そして今後の可能性について論じていきます。


“板化”はなぜ進行したのか?記事が指摘する問題点

Hackaday 記事は皮肉を込めながら、こんな現状を描写しています。

Devices like cellphones and TVs are now mostly flat plastic-and-glass rectangles with no distinguishing features. Laptops and PCs are identified either by being flat, small, having RGB lighting, or a combination of these. At the same time buttons and other physical user interface elements are vanishing along with prominent styling, leaving us in a world of basic geometric shapes and flat, evenly colored surfaces.

訳:
スマートフォンやテレビなどは、いまや「区別のつかないフラットなプラスチックとガラスの四角」に過ぎず、ラップトップやPCは平たく小さいか、多少LEDが光るだけの存在感に。ボタンや物理的な操作部、際立ったスタイリングも消え去り、”ベーシックな幾何学図形”が色も地味に整列する世界に私たちは生きている。

記事は続けて、かつての iMac やウォークマン、カラフルなHi-Fiシステム、90年代から00年代初頭の「大胆・個性的なデザイン」から、いかに現在の無個性な「板」時代へ移行してしまったのか――その経緯を追います。

特に、「物理ボタン・ツマミの消滅」と「全てがスマホのアプリに吸収されてしまった問題」、そして「現代の美学とされる極度のミニマリズム(シンプルすぎるデザイン)」を強く批判しています。

The slab phone has thus become the user interface, with that part of industrial design often outsourced to some third-party mobile app developer.
…sinking an entire company due to a badly arranged set of knobs is not as easy as with a slab phone app or equivalent, not to mention the potential to retroactively brick the user interface of devices that people have already purchased.

訳:
スマートフォンそのものがUIの“受け皿”となり、本来は製品と一体だった “工業デザイン” の役割ですら、外注されたスマホアプリに吸収されてしまった。
ノブやボタンの配置の失敗で企業が致命傷を負う例は少ないが、スマホアプリの失策で既存ユーザーのすべての体験が破壊されるリスクは現実だ。(Sonosのアプリ大失敗を引き合いに)


「個性なきハード」の必然——技術革新が奪ったもの

なぜ、ここまで“面白味のない板”ばかりになってしまったのか。
背景にはいくつもの「必然」が横たわっています。

技術進化=形態の均質化

まず、表示部の巨大化・高解像度化は、筐体全体を“ディスプレイに従属させる”構造変化を強制しました。
スマホにせよテレビにせよ、本体前面の大部分を画面が占めるため、必然的にフラットな四角形が理想形に近づいていきます。

さらに「小型化・薄型化」や「コスト削減」「製造の省力化」という現代の命題のもと、装飾性は悪とされ、目立つパーツやメカニカルな操作部材は排除されてきました。

ソフト主導型製品設計の時代

もう一つの大きな要因は「スマートフォンがすべてのUIのハブになってしまった」点。
物理ボタンもLCDによる独自の情報表示も不要になり、設定や操作はすべてスマホのアプリ経由になった。
その結果、プロダクト本体から“ヒューマン・タッチ”が消えてしまいました。

サブスク化・サービス主義への転換

「モノからサービス」へのパラダイムシフトも無個性化の原動力です。
テレビも音楽も本体以上に“体験のクラウド化”が進み、製品が“デバイス”ではなく“視聴用端末”に徹するようになった。
これにより「所有する悦び」「収集・愛玩する価値」は後景に沈んでいくことになりました。


“板”が支配する世界の退屈さとリスク——なぜ我々はそれを憂えるのか

しかし本当に「進化」一辺倒でよいのでしょうか?
記事は、現状に対して明確に危機感を投げかけています。

1. 製品への「愛着」や体験価値の喪失

物理的な操作部や独自の造形こそ、プロダクトを「所有したい」「触れたい」と思わせる最大の要因です。
iMacや初代iPodが人々に「欲しい」と思わせたのは、内蔵機能の魅力だけでなく「見た目」や「触感」、カチッとしたクリック感など五感に訴えるポイントだったはずです。

ところが現代の“板”は「一瞥して何も感じない」「他社製品との違いが分からない」「操作もつまらない」「没個性すぎて所有感がゼロ」。
この記事が批判するように、

There are no pleasing elements to rest your eyes on, no curves or colors that invoke an emotional response, no buttons to press, or any kind of auditory or physical response.
というのは、まさに多くの人が感じている“つまらなさ”に通じます。

2. UI前提のクラウド化がもたらす不安定さと不健全性

ソフト依存が高まったことで、「新しいアプリにバグがあると製品自体が台無しになる」という新たなリスクも明確になっています。
記事もSonosの大失敗(アプリの刷新で機器自体が事実上“文鎮化”)を紹介し、物理UIの消滅が「IoT時代の最大の危うさ」であることを示唆しています。

またタッチパネル中心の設計は「目を見張る先進性」と引き換えに、安全性や直感性、誰でも使える配慮(バリアフリー)など、本来“工業デザイン”が担ってきた役割を切り捨てています。
特に車のインパネをすべてタッチスクリーン化したTeslaが「操作中に危険を伴う」という実証データまで出てきています。
こうした例からも「過度な機能一元化」は本当に進歩なのか、考え直す必要があると言えるでしょう。


ノスタルジーだけではない“復権”の兆しも

ここからは私自身の視点も交え、いま起こりつつある「つまらない板デザイン」へのリアクションや、今後の行方について考察したいと思います。

1. リバイバルとしての“レトロブーム”とDIYムーブメント

近年「Y2K」「平成レトロ」「カセットブーム」など、奇しくも90~00年代の鮮やかな工業デザインが再評価されています。
レトロPC、アナログ機器、カセットプレイヤー、メカニカルキーボード、リビルドスマホカバーなど、“物理的な質感”を取り戻す動きは確実に広がっている印象です。

これは単なるノスタルジーではなく、「五感で触れる喜び」「生き生きとした所有感」に再び価値を感じている証拠と言えるでしょう。
DIY電子工作界隈やガジェット愛好コミュニティも「ボタン・ダイヤル大好き」「インターフェース改造こそ至高」という流れが強化されつつあり、現代的な機能と“原始的な手触り”を両立する製品へのニーズが確実にあると感じます。

2. サステナビリティ・修理権運動への連動

近年、物理ボタンや着脱式バッテリーなど、“修理しやすいデザイン”やロングライフな製品を求める動き(right to repair)も強まっています。
シンプルだが物理的に分解できる製品、部品交換が容易な設計、パーツごとにカスタマイズ可能なモジュール型デバイスへの注目は、「個性なき一枚板」へのアンチテーゼといえるでしょう。

3. “エモーション”とイノベーションの再融合へ

ミニマリズム美学の功罪を認めつつも、「人の感情に訴えるデザイン」と「テクノロジーの利便性」を再融合する動きが、今後の製品開発のテーマとなりそうです。
例えば最近のカメラや音響機器では、高性能化と同時に“レトロっぽさ”“操作の楽しさ”“物理的な反応”を付加価値と捉える設計も増えてきました。


まとめ:「進化」の名の元に消えたもの——取り戻すべき“人間の手触り”

ここまでHackaday記事と私なりの考察を交え、「工業デザインの死」とその課題・可能性を論じてきました。

  • 「効率・コスト・小型化・クラウド化」という圧倒的技術進化のなか、製品の“所有感”“体験価値”が急速に失われている
  • 物理的なデザイン要素や“人間らしい操作感”こそ、私たちの五感や心に響く幸福感の源泉である
  • 過度な“板化”は操作性・ユーザー体験・安全性の面でも問題を孕んでおり、すでに一部で顕在化している
  • レトロブームやDIY、修理権運動は新たな工業デザイン回帰の胎動であり、本当の意味で“豊かなガジェット体験”を取り戻すヒントとなる
  • 今後は「ソフトウェア主導時代」にも、“人間の感情”に寄り添うハードデザインの再定義が求められる

最新の技術進歩とともに、「触りたくなる」「愛着が湧く」「個性が香る」新たな工業デザインの萌芽が、再び私たちのガジェット選びに彩りをもたらす未来を期待したいものです。
読者の皆さんもあえて90年代の古いオーディオを手にしてみたり、手作りガジェットを作ってみたりと、「手触りのある豊かさ」を日常に取り戻してみてはいかがでしょうか。


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