ネット企業の「堕落」はなぜ繰り返されるのか?──エンシティフィケーション現象の正体とその広がり

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「エンシティフィケーション」――ネット時代の失望を象徴する新語

この記事が取り扱っているテーマは、「エンシティフィケーション(enshittification)」と呼ばれる現象です。
これはコリィ・ドクトロウが提唱した造語で、インターネットサービスの”劣化”を簡潔に言い表しています。
具体的には、「最初は利用者ファーストだったプラットフォームが、やがてビジネス顧客優遇に転じ、最終的にはあらゆる価値を自社だけのものにすることで、利用者・ビジネス顧客の双方に損失をもたらし、やがて死に至る」というサイクルを指します。

「プラットフォームが死ぬのはこのような順序だ。最初はユーザーに良くし、やがてユーザーを犠牲にしてビジネス顧客に便宜を図り、その後ビジネス顧客さえ搾取して全てを自社の利益に回す。そこで終焉を迎える。」

出典:The General Theory of Enshittification

この記事の筆者(著名経済学者ポール・クルーグマン)は、この現象が単なるSNSやプラットフォームに限らず、「ネットワーク効果」を持つあらゆるビジネスに当てはまると主張しています。
その範囲はFacebookやTikTokだけにとどまらず、Uberや電気自動車といったモノやサービスにも及ぶものだと言います。


なぜ企業は「良質」から「搾取」へと変質するのか?

筆者は、企業が「利用者にとって最高の価値を提供」することで顧客基盤を拡大し、その後、獲得したユーザーから徹底的に収益を吸い上げる方向にシフトする傾向が「ビジネスの論理」として組み込まれていると説明します。
この一連の流れは、いわゆる「ペネトレーション・プライシング(浸透価格戦略)」や「ネットワーク効果」が背景にあるためです。
少し経済学の枠組みで説明すると、ネットワーク効果が支配的な市場では、ユーザー数が増えれば増えるほどプラットフォームの価値が上がります。
そのため、最初は無料もしくは格安・高品質なサービスでユーザーを囲い込む。
充分なユーザー基盤を得たら、競合他社参入が難しい状況=ユーザーの移動コストが上昇した状況を見計らって、一気に価格を上げたり品質を落としたりする。
まさに「獲物を囲い込んでから刈り取る」ビジネスモデルです。

たとえばUberが突然黒字化したニュースに触れ、「“利益転換戦略(earnings inflection strategy)”とは要するに顧客から搾り取る別名、すなわちエンシティフィケーションの婉曲表現だ」という彼の皮肉も印象的です。
また著者は、「このプロセスが緩やかな場合もあるものの、場合によってはかなり急激に起こりうる」という点も指摘しています。
例えばFacebookはユーザー数こそ横ばいで持ちこたえている一方、本質的な価値低下に歯止めがかかっていないようです。


「サービスの劣化」は身近にあふれている

エンシティフィケーションの考え方を知ると、身の回りにサンプルは枚挙にいとまがありません。
Amazon Primeは典型です。
最初は激安・送料無料、ストリーミングも高品質だったものが、年々値上げ・広告増加・品質低下といった「囲い込み後のサービス悪化」を実感している方も多いでしょう。
YouTubeも同様です。
「広告なし」「寛容なコンテンツ規制」といった初期の自由な雰囲気は薄れ、プレミアム会員への誘導、広告バナー、コンテンツ規制強化など、ユーザー体験は明らかに劣化しました。

これは大手であるがゆえ、ユーザーが「逃げ出せない」状況を見越した商業的搾取の典型例です。
個人的な経験を言えば、クラウドサービスやSaaS系でも同じ構図をよく見かけます。
最初は無料トライアルやお得なキャンペーン、アーリーアダプター向け特典。
しかしユーザーが一定規模に達したタイミングで、一斉にプラン値上げや機能制限、無料機能の有料化が始まることがほとんどです。
一度インフラとして組み込まれると、乗り換えコストが高いため、いやいや支払い続けるユーザー心理が巧みに利用されています。


「かつてのヒーロー」は最初から”善人”だったのか?

記事中で最も興味深いのは、「サービス劣化」を”道徳的悲劇”と誤認するユーザー心理への鋭い指摘です。
我々は「むかしは善人だった経営者が、資本や投資家の圧力のせいで悪人に変質してしまった」とロマンティックに考えたがりますが、筆者はこう喝破しています。

「そもそも善人なんていなかったのである。Facebookを人々が賞賛していた時代も、マーク・ザッカーバーグは同一人物で、初期から投資家の資本を受け入れていた。『途端に悪人化した』のではない。」

出典:The General Theory of Enshittification

つまり「最初からビジネスとして冷徹な論理が動いていた」のであり、我々がその幻想に酔わされていただけという指摘は、SNS時代の「失望感」の正体を鋭く突いています。
「単にビジネスだっただけ(It was only business)」――この冷然とした現実認識は、インターネット神話の終焉を象徴しています。


なぜエンシティフィケーションは現代的で、広範なのか? そして私たちはどうすべきか

ネットワーク効果自体は昔から存在しました。
しかし、インターネットの普及によって「誰もがアクセスできる市場」「世界同時の囲い込み」が可能になったことで、かつてない規模と頻度でエンシティフィケーションが起きやすくなっています。
これは金融やテクノロジーの進化、グローバル市場の均質化など多くの背景が絡みます。

消費者としては、「劣化や値上げは自然なビジネスサイクルだ」と一度は冷静に受け止めつつ、同時にプラットフォーム支配に抗う選択肢――たとえば脱プラットフォーム、オープンソース回帰、分散型サービスの可能性など――を模索すべきだと強く感じます。
残念ながら一社独占体制が成立してしまった市場では、「目覚めた消費者」の行動でも劇的な変革は難しいかもしれません。
ですが、時には小さなボイコット運動や、より良い新規サービスへの関心が、市場構造そのものを揺るがすこともあり得ます。
ユーザーとして「サービスの変質サイクル」を冷静に見抜き、過度な期待や幻想を持たないこと。
必要なら”逃げる”ことを厭わないスタンスが、今後のインターネット時代を賢く生き抜く防御策だといえるでしょう。


結論―「進歩」の裏に潜む落とし穴と、私たちの知恵

エンシティフィケーションは、ネット社会の無邪気な楽観と進歩神話がもろくも崩れ去った証でもあります。
「サービスはどこかの時点で必ず劣化する」と受け入れつつ、それでも次のイノベーションや本当に価値のあるサービスに投票し続けること。
その目を養うことが、情報化社会を賢く生き抜く最大の武器になるはずです。
”かつての善き時代”をただ懐かしむだけでなく、その構造的な問題を見破り、可能ならばより公正な仕組みに参加する。
現代消費者に課された知的チャレンジだと言えるのではないでしょうか。


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