炭素市場崩壊の衝撃――森林保護支援が消えたとき、自然と人はどうなるのか?

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この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
As carbon markets collapse, what happens to forests they promised to protect?


世界を席巻した「炭素クレジット」神話の終焉

近年、森林保護と炭素削減を兼ね備えた“炭素オフセット”市場は、企業のサステナビリティ戦略の中心に君臨してきました。

企業が排出するCO2を森林の吸収で帳消しにするという仕組みは、NetflixやShellといったグローバル企業も採用。

その市場規模は20億ドルを超え、パンデミック下には投資銀行が炭素クレジットの取引部門を開設し、一部プロジェクトでは1クレジット30ドル以上で売買されました。

しかし、華やかな「カーボンブーム」はたった数年で急速に瓦解。

本記事はケニア・カシガウの森林保全プロジェクト現場を描きつつ、炭素市場の崩壊とその波及効果を検証しています。


驚愕のデータ――「90%超」の“偽”炭素クレジット

まず、記事が衝撃的に伝えている事実をひとつ挙げたいと思います。

“In 2023, a joint Guardian investigation found that, based on analysis of a significant percentage of the projects, more than 90% of offsets did not represent genuine carbon reductions, according to independent research published by journals including Science, PNAS and Conservation Biology.”

この一文の意味するところは、世界最大の認証機関であるVerraが承認した森林保護型の炭素オフセットの「9割超」が、実際には本質的なCO2削減とは無縁だった、ということです。

つまり、名高い大手企業や自治体が「カーボンニュートラル」を標榜してきた背景には、実態が伴わない仮想的な排出削減実績――“帳簿上の数値合わせ”が横行していたのです。

同様の結果は、2024~2025年にかけても新たな論文によって裏付けられており、もはや業界ぐるみの構造問題と言えるでしょう。


なぜ市場は崩壊したのか?――構造的不備と“信頼”の消失

この不正確・過剰計上の温床となったメカニズムの本質には、「測定方法の不透明さ」「利害当事者による自己認定」といった制度的欠陥があります。

記事内でも、

“Crucial flaws in the way credits were calculated indicated that the overwhelming majority of forest protection credits approved by Verra, the world’s leading certifier, massively overstated their impact.”

と指摘されます。

プロジェクト毎に“もし保護しなかったらどれだけの森林が失われていたか(追加性)”という仮定上のベースラインを設定し、それに基づき削減量を計算する--この極めて主観的なアプローチが企業や認証団体の意図的な数値操作(インフレーション)に利用されやすいのです。

また、米国の政権交代による環境政策の後退も影響し、「グリーンウォッシュ」の批判拡大、銀行や企業の離脱、投資資金の枯渇という連鎖を招きました。


現場のリアル――森林と人々、失われる希望

炭素クレジットの資金は、単なる温室効果ガス削減の裏付けとしてだけではありません。

実際には、カシガウのような地域で貧困層の生活支援・教育・医療・水インフラの改善など、現地コミュニティの未来をも直接支えてきました。

“Over the lifetime of the scheme, $70m flowed to the communities that live in and around Kasigau, according to the project, paying for school fees, improved healthcare facilities and water storage.”

と記事では具体的な恩恵が示されています。

ところが、カーボン投資縮小とともに支援金も激減。

住民からは「今はもう何も届かなくなり、プロジェクトは死んでしまった」と、不安の声があがり、違法な焼畑や木炭生産など生計手段の“原点回帰”が始まっています。

つまり、急激な市場崩壊が環境のみならず、地域社会の生活そのものを脅かすという二重のクライシスが発生しているのです。


システムは変われるのか?――改革の可能性と限界

この実態を受け、認証機関Verraも計算法や情報公開の大幅な見直しを始めています。

記事でも引用されているように、

“The nonprofit has transformed the methods used to calculate credits. … Project developers will no longer be allowed to perform their own carbon credit calculations and there will be more transparency about the datasets.”

外部独立性の向上や、透明性の高い評価への切り替えは正しい方向性ですが、依然として「信頼の回復」と「持続的投資の再確立」までは道半ばです。

大手航空会社RyanairのCEOによる「The green agenda is dead(グリーンアジェンダは死んだ)」という発言にも象徴されるように、民間部門の熱狂が一転して冷笑に変わる時流の変化は深刻です。

確かに、“作用不明の薬”に資金を投下し続ける余裕も、納得感も今やありません。


批評的考察――炭素取引は「万能薬」たりえるか?

筆者は、この問題が「工夫次第で立ち直る市場メカニズムの失敗」なのか、そもそも森林保護と温室効果ガス削減を貨幣で“換算”する発想自体の限界なのか、本質的な問いかけと感じます。

第一に、ベースラインの捏造や第三者評価の欠如は、人間の倫理観と市場インセンティブのすれ違いを如実に物語っています。

炭素クレジット制度は、“追加性”という仮定による「二重計上」や「未来の損失を現時点の利益で繰り上げる」という「構造的なギャンブル性」を内包しています。

また、一時的な市場バブルとともに社会的コストを現場に押し付ける“都合のよい幻想”になっていなかったか、冷静な自己検証が問われます。

記事で紹介された科学者Julia Jones氏の次の言葉、

“It is undeniable that money has been wasted on projects that have not slowed deforestation. But that doesn’t mean we should throw the baby out with the bathwater. There are really good projects out there,”

は、状況の絶望的側面と同時に「適切にデザインされた支援は依然として必要」というバランスのとれた指摘に感じます。

また、「現場の人々の自律性」をどこまで担保できる設計にできるかが、今後の制度再生の要です。

炭素クレジットが森林保護の“万能薬”とならないことが証明された今、現場の「生活防衛」と「環境保全」を両立させる集合知的アプローチ――たとえば炭素取引に過剰依存せず、持続的農業やローカルガバナンス、教育といった本質的なインセンティブ設計の導入が不可避だと考えます。


結論――崩壊のあとに残されたもの、そして次への道

今回の記事は、炭素市場の表層的な“失敗”にとどまらず、「森林保護=カーボン削減=資金還元」という数式がいかに複雑な現実の上に成り立っていたかを示唆してくれます。

大規模なマネーゲームが冷めた今こそ、「どこが本当に森を守り、人と自然を救っていたのか?」という視点で、制度そのものを根本的に捉え直すことが求められています。

一方で、市場崩壊によって現地コミュニティが直面する困窮は看過できない現実です。

「炭素クレジット」頼みを超えて、地元参加型の新たな環境・経済支援スキームや、強力な透明性重視の国際的連携、そして“時流”に負けない持続的な投資志向が今こそ必要とされています。

炭素市場の教訓を無駄にしないためにも、サステナビリティを「企業の見せかけ価値」から「社会全体の価値」へと再定義し、新たなステージの到来を築くべく、私たち自身にも問い直すタイミングなのかもしれません。


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