Nisus Writerは生きているのか?―老舗ワープロの「シュレディンガー状態」に迫る

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この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Schrödinger’s Word Processor — TidBITS


いま、Nisus Writerに何が起きているのか?

ワープロソフト「Nisus Writer」。
Macユーザーの中では知らない人はいないと言ってもいい伝統的なアプリケーションですが、2025年10月現在、その運命が極めて不透明なものとなっています。

今回ご紹介する記事は、Nisus Writerと深い関わりを持つJoe Kissell氏による最新レポート。
彼は「Nisus Writer は本質的にシュレディンガーのワープロだ — それは同時に死んでおり、生きてもいる。今のところ、我々にわかるのはそれだけだ」と書き始めています。

ネット上でも「サービス終了」説や「まだダウンロードできる」など、さまざまな噂が飛び交うNisus Writer。
果たして、今どうなっていて、今後どうなるのでしょうか?
この記事で、その不透明さの背景と今後の可能性について、専門的かつ批評的な視点で掘り下げていきます。


シュレディンガーのワープロ — 記事が伝える現状とその背景

まず、記事ではNisus Writerの現状について、次のような比喩を用いて説明しています。

At this moment, Nisus Writer is essentially Schrödinger’s word processor: it is simultaneously dead and alive, and there’s no way to know more than that right now.

今この瞬間、Nisus Writerはシュレディンガーのワープロそのものだ。つまり、同時に「生きてもおり」「死んでもいる」状態で、どちらか確定する術がない。

この「シュレディンガーの猫」の比喩は絶妙です。
実際、Nisus Writer公式サイトが断続的にダウン、主力開発者がAppleへ移籍、代表取締役との連絡も一切つかない、しかし「まだアプリは動く」など、ユーザーの立場からも生死不明の印象です。

さらに記事は、慢性的な人手不足、サポート対応の遅延、Webフォーラムの機能不全など、悪材料が1年以上蓄積されている現状についても詳細に説明しています。

For more than a year, we’ve heard scattered complaints: problems … slow or absent responses to support requests; assorted bugs; and other issues.

ここ一年以上、断続的に「ウェブサイト障害」「サポート回答の遅延または無視」「バグ放置」等の苦情が寄せられてきた。

加えて、開発責任者Martin Wierschin氏のApple転職、それに伴い、創業者Jerzy Lewak氏やその家族とも音信不通になりつつある、といった内部事情も公開されています。

Martin [Wierschin, the last remaining Nisus Writer developer] was chasing down a bug I reported, … he’s now working at Apple and doesn’t know anything about what’s going on at the company.

最後のエンジニアであったMartin氏がApple社に転職し、Nisusの件は何も把握していない、と。

このように、社内外全方位からの「情報空白」が事態の深刻さを物語っています。


ユーザーと開発者の思いが交錯—なぜ、この状態が重要なのか?

Nisus Writerは1989年から続くMac用ワープロで、特にマクロ言語や多言語対応、学術文書の作成機能に優れるなど、他のWordやPagesでは代替できないニッチな地位を長らく確立してきました。

記事の筆者自身も「Take Control Books」制作など長年業務で本製品を利用し、以下の通り強い思い入れを語っています。

Nisus Writer Pro is 100% mission-critical for my business … I use it every single day, and … there simply isn’t anything else that does what I need to do. … I would be devastated to lose this app.

Nisus Writer Proは私の業務にとって100%不可欠。…毎日使っており、代替できるものは他にない。…このアプリを失うのは想像したくない。

これは単なる「便利なアプリの一つが途絶えるかもしれない」という問題以上のものです。
日本語や欧文混在文書のレイアウト・検索・置換の自由度、マクロによる自動処理など、執筆業・学術業界のプロたちにとってNisus Writerは「生産手段そのもの」です。
中には「替え効かず→業務・自己実現の根幹が脅かされる」と感じるユーザーも多いでしょう。

この点、IT業界の「老舗ツールが時代に淘汰される」現象は珍しくありません。
しかし、「今も現役で使われている。他に置換手段がない。でも更新停止)」という問題は、既存ユーザーの“自己責任”や“ノスタルジー”だけでは片付かない社会的なものになっています。


開発停止が示す危機――アプリの“生態系”とソフトウェア都市伝説

記事の中で特に印象的なのは、「アップデートがないままソフトウェアが放置される脆弱な生態系」に対する警鐘です。

Without ongoing development to fix bugs and keep up with changes in macOS, Nisus Writer’s days are numbered. It could continue working for another ten years, or some change on Apple’s side could break it tomorrow.

バグ修正やmacOS変化への対応が止まれば、Nisus Writerに残された時間は少ない。あと10年動くかもしれないし、明日のAppleの仕様変更で突然死ぬかもしれない。

まさに「突然死」という言葉がリアルです。
現代のソフトウェアは「動けばそれでよし」ではありません。
OSやプラットフォームの仕様に追随しなければ、「ある日突然」起動すらできなくなるという事態は枚挙に暇がありません。

また、開発停止が続くと、以下のような負のスパイラル(デススパイラル)が生じます。

  • サポート不全/ユーザー不信→顧客離れ
  • 販売低迷→収益悪化→新規開発不能
  • 孤立化→OS側との不整合増加→既存ユーザーも向こう見ずになる

特にMacアプリのようにOSアップデートが年次で行われる環境では、「開発元と連絡取れない=いつ突然死してもおかしくない」という実質的なリスクが増幅されます。

また、記事の最後で繰り返し提案される「オープンソース化」や「ユーザー・コミュニティによる維持」という選択肢は、もはや“Nisus Writerだけの問題”にとどまらず、すべての商用アプリにとって普遍的な課題と言えるでしょう。


本当に必要なのは「ユーザーと開発元の対話」——批評的な提案

筆者(Joe Kissell氏)は「オープンソース化」「新たな買収」などを希望しつつも、現実的には非常に厳しいと述べています。

I consider it unlikely that another company would be willing to invest the substantial sum that would be required to keep Nisus Writer viable into the future.

別会社が巨額を投資してNisus Writerを復活させるのは、現実的にはほぼ望み薄だろう。

この指摘は、現代のソフトウェア業界が抱える「ニッチな資産の出口戦略」問題そのものです。
ニッチで高機能なツール、いわば業務用“職人道具”に資金・人材を投下してくれる新興企業がすぐ現れるとは限りません。

一方で、記事では「せめて正直な一言、“役割は終わった。ありがとう”の声明でも出せば、ユーザーは納得しやすい」という共感を込めた提案も述べています。
むしろ、きちんと現状を説明し、コミュニティへ橋渡しする誠意こそが今必要だという視点です。

この姿勢は、すべてのSaaSベンダー・ツール開発元に突きつけられた課題と言えます。
リソース不足や家族経営の事情、営業的ジレンマがあっても、顧客に対して説明責任を果たすこと、可能な限り持続性ある形でバトンを渡すこと――
これは単なる“情け”や“踏ん切り”の問題ではなく、「商用ソフトウェアの信頼と持続可能性」そのものなのです。


終わらないシュレディンガー問題——ユーザーに突きつけられる選択肢

本記事を受けて、私たち(特にNisus Writerのような「老舗ツール」に依存するユーザーや企業)が今できるのは何か、そしてどう受け止めるべきかを考えてみましょう。

1. ツールとの付き合い方を見直す

生産手段を「ブラックボックス」に預けるリスク(=突然サービス終了時の備え)を、今こそ現実的に捉える必要があります。
古いツールほど「今も動いているから大丈夫」と考えがちですが、環境依存が高まるほど移行コストや損失リスクは大きくなります。

2. オープンソースや互換性プロジェクトを支援する

もし既存のコミュニティベースでNisus Writerや他の特殊ソフトが維持される流れが生まれたら、積極的に情報発信、バグ報告、ドキュメント整備など協力できる体制を考えるべきでしょう。
これは個人ユーザーでも「自分も一票投じる」レベルの参加が可能です。

3. 開発元に「きちんと説明を期待する」声を上げる

開発終了・終了未定状態こそ、「ノーコメント」よりもしっかりとした発表、ロードマップ提示を求める声が大切です。
これは今後、他のツールでも同じ問題が必ず起きるからです。


まとめ—ソフトウェアと“運命共同体”として生きる覚悟

Nisus Writerの危機は、単なる一企業の物語ではありません。
私たちが「安心して使いたいソフト」を選ぶ際の判断基準、開発元への信頼、ユーザーコミュニティの責任の在り方…現代のIT社会が抱える深い課題が透けて見えます。

「今はまだ使える。だがいつまでか誰にも分からない。」
これが「シュレディンガーのワープロ」の本質であり、Nisus Writerだけでなく多くの愛用ツールに共通する現実です。

最後に記事の冒頭に立ち返りましょう。
私たちは、愛用するソフトウェアの「箱」を開ける勇気、それに何が入っていようと備える覚悟、そして必要なら自らその “生存戦略” を考える責任があるのかもしれません。

あなたの使用しているアプリ、その生存戦略は大丈夫ですか?


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