ベレッチリー・パークの“見落とされた英雄”――トミー・フラワーズが示す、本当のコンピュータ創世記

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この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The working-class hero of Bletchley Park you didn’t see in the movies


“映画にならなかった英雄”が伝える真実

第二次大戦中のベレッチリー・パークといえば、「天才アラン・チューリングが世界初のコンピュータを発明し、ナチスの暗号機エニグマを撃破した」という英雄譚が広く流布しています。

ですが今回のガーディアンの記事は、「そのストーリーは良い話だが、大きく間違っている」と冒頭で明確に否定します。

“It’s a great story. But, like a lot of great stories, it couldn’t be more wrong.”

「それは素晴らしい物語だ。しかし、多くの素晴らしい物語と同じく、大きく間違っている。」

この一言が本記事の姿勢を端的に示します。

つまり、「チューリングこそがコンピュータの父」「エニグマ破りの英雄」は事実の一面ではある一方、本当に“エレクトロニック・コンピュータ”を設計・構築したのは東ロンドン出身の郵便局エンジニア、トミー・フラワーズだったのです。

映画や小説でほとんど語られないトミー・フラワーズ――その功績、そしてなぜ彼が歴史の影に隠れてしまったのかを掘り下げていきます。


歴史を変えた“下町のエンジニア”の実像

チューリング単独神話への反証

記事は、いわゆる「チューリング=計算機の父」説を構成するいくつかの誤解を一つ一つ検証していきます。

確かに、アラン・チューリングは「ボンベ」と呼ばれるエニグマ解読機を設計し、数学的にも画期的な理論を築きました。

しかし「エレクトロニック・デジタル・コンピュータ」という点で主役となるべきは、トミー・フラワーズの“コロッサス”とされています。

コロッサスはエニグマよりも遙かに複雑だったナチスのチューニ暗号(正式名称ローレンツSZ40)の解読専用に設計されています。

“The machine Park staff called Colossus was the brainchild of a degreeless Post Office engineer named Tommy Flowers, a cockney bricklayer’s son who for decades was prevented by the Official Secrets Act from acknowledging his achievement.”

「パーク職員が“コロッサス”と呼んだ機械は、大学の学位を持たず、ブリックレイヤー(煉瓦職人)の息子であるトミー・フラワーズという郵便局エンジニアの発明だった。国家機密法のために何十年も自分の功績を公言できなかった。」

というわけです。

戦時機密に消された功績

コロッサスの存在は、戦後長きにわたり極秘とされてきました。

その経緯についても記事は詳しく言及しています:

“After the war, Churchill ordered most of the Colossi to be destroyed, with all information about them classified. Two went to GCHQ, where they remained in use until the 1960s.”

「戦後、チャーチルはコロッサスの大部分を破壊し、関連情報をすべて機密扱いにした。2台がGCHQに引き取られ、1960年代まで使われた。」

トミー・フラワーズ自身もそれを語ることを許されず、歴史から消されてしまいます。

これは、単なる“名誉の問題”ではありません。
世界の計算機史叙述の根幹を揺るがす事実なのです。


“知識階級の研究者 VS 下層階級の現場主義”――イギリス社会の縮図

今回の記事は、トミー・フラワーズという個人の偉業だけでなく、当時のイギリス社会の身分構造や“エリート崇拝主義”にも切り込みます。

“Trade(現場仕事)は下に見られた”

記事は、初期ベレッチリー・パークが「大学出教育や紳士階級中心だった」ことを記録します。

ここでフラワーズが提案した“電子真空管スイッチ”によるコロッサス案への上流階級的研究者たちのリアクションが象徴的です。

“Nothing like the machine he proposed, using 1,600 valves to perform digital calculations, had ever been contemplated (‘What, are you going to throw them at the Germans?’ a procurement officer scoffed).”

「1,600本の真空管でデジタル計算を行うなどという彼の提案は、誰も考えもしなかった(調達主任は『それをドイツ人に投げつける気か?』と皮肉ったほどだ)。」

真空管は“壊れやすい”ものだと誤信され、理論屋はエンジニアの実践的知識を軽んじる傾向が強かったのです。

“働く者”の機知と現場力

フラワーズは、郵便局(英国の郵便および電話網管理機関)のスイッチ研究部門の長として“自動化交換機”のため真空管を24時間稼働でも壊れない方法で実用していました。
この「現場主義の知識」がコロッサス実現を支えた決定的要因だったのです。

“The idea of using valves as switches in a digital system was so new and radical that Flowers may have been the only person in Britain capable of seeing it – and of knowing they would be millions of times faster than the traditional electromechanical switches Newman used: he had already used them to build a prototype digital memory unit for the Post Office, a truly astonishing first.”

「デジタルシステムのスイッチに真空管を使うというアイデアはまったく新しくラディカルで、英国でこれが見えるのはフラワーズだけだったと言えるだろう。彼は既に郵便局用にデジタルメモリー装置の試作機まで作っていた。」


埋もれた“功績”の陰に見える、悲喜こもごも

フラワーズの個人的なドラマ

記事後半は、トミー・フラワーズの人物像にも深く迫ります。

幼少期の苦労、家族の不幸と死、現場の指揮者としての忍耐、ものづくりへの飽くなき情熱。
さらに、国の政策や階級意識、戦後の名誉・地位・報酬においてアメリカのENIAC開発者(モークリー、エッカートら)が脚光を浴びる一方で、フラワーズが完全に黙殺されたことへのやりきれない思いも、本人や親族から語られています。

“He should be up there with Bill Gates, Steve Jobs, all the great figures of computing. He should have made as much money as they did”

「彼はビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなど、コンピュータ史上の偉人たちと並ぶはずだった。彼も同じだけの富を手にしてしかるべきだった。」

コロッサスがデジタル化に与えた根本的インパクト

コロッサスは特殊用途機ながら「電子式・プログラム可能・超高速」という組み合わせ(プラグボードやスイッチによる設定変更、テレプリンタテープの連動)が、現代のデジタル計算機(=コンピュータ)の直接的祖先であると評価されます。

“Which is what Flowers and his team of young Post Office engineers had built: the world’s first special purpose electronic digital computer.”

「これこそ、フラワーズたち郵便局エンジニア集団が作り上げた“世界初の特殊用途電子式デジタルコンピュータ”そのものだった。」


私なりの考察――“誰が歴史を語るのか”の問題

歴史が「勝者によって書かれる」だけでなく、「語る力のある者によって再編集される」ことを、今回あらためて痛感しました。

映画や伝記が「感動的なストーリー」を求めるたび、大衆は理解しやすい“物語”=「孤高の天才」「悲劇のヒーロー」に集まります。
その陰で、膨大な専門家や現場技術者たちのチームワーク、階級/性別バイアス、政治的な情報統制が歪められていく現実は、あらゆる分野で起きています。

たとえば現代技術の領域でも、「AIは○○が作った」や「社会インフラの英雄は誰」などの“物語化”への強い誘惑があります。

また「民間企業やアメリカ中心主義が技術史を塗り替える」現象(戦時の機密解除→アメリカのENIAC称賛→当事者の黙殺)――これは戦後から今に続く“認知構造のバグ”と言っていいでしょう。

コロッサスやトミー・フラワーズが正当に評価されるまで数十年を要した背景には、技術革新の価値やヒーロー選抜基準そのものの問い直しが必要だと改めて考えさせられます。


結論――“本当のイノベーション”を見極めるために

今回の記事が私たちに投げかけるメッセージは強烈です。
すなわち、「歴史の裏側には名もなきチームや、身分を問わず努力した人間がいる」という現実です。

どんな時代も、人の手による技術的奇跡――それを支えるのは「既存の常識を疑う知恵」と「現場の蓄積」、そして「正当な評価を与える社会構造」にほかなりません。

フラワーズが甥に宛てた手紙の一節が心に残ります。

“‘You know, when a new discovery is about to be made, it’s usually happening in several places at the same time, because different developments, in different disciplines, are all making different moves forward, until enough is known that a new step is needed. It’s never just one person in one place.’”

「新しい発見が生まれようとするとき、それは多くの場合、いくつもの場所、いくつもの分野で同時に起こるものだ。一つの場所、一人の力だけではない。」

映画や物語から自由になり、“見えざる英雄”にこそ光を当てる時が来ています。

もし読者自身が技術、ビジネス、社会で「自分は主役じゃない」と感じたとしても――それでも、自分の努力や専門性は人知れぬかたちで社会を動かしている、そう信じて日々を歩んでいきましょう。


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