この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The 25 Greatest Picture Books of the Past 25 Years
ピクチャーブックは終わったのか? いいえ、ここからが革命だった
いまや大人たちも夢中になる「絵本」。
その最新潮流と、なぜ今ふたたび絵本が光り輝いているのかを問う力作記事が登場しました。
「The 25 Greatest Picture Books of the Past 25 Years」は、タイトルが示す通り、過去四半世紀で最も優れた25冊を選び、その文脈や意義までも鮮やかに描き出しています。
しかし単なるランキングではありません。
本記事の本質は、「絵本」という文化・メディアが、2000年代から現在までどのような革命的変化を遂げてきたか──つまり絵本をめぐる業界・社会背景すら問い直している点にあります。
「絵本の終焉」から多様性・実験性への大転換─編集部の主張
この記事がまず指摘するのは、2010年のNew York Timesによる「Picture Books No Longer a Staple for Children」という大ニュースです。
この出来事をきっかけに“絵本の死”が語られ、売り場でも名作古典ばかりが好まれ、新作の売れ行きは低迷していました。
“Once upon a time, an adult shopping for a child might have bought a classic they remembered from their own childhood, and also a new book, recommended by a bookseller. More and more, buyers just went for the classic—almost always Seuss or Sendak—and new books languished on the shelves.”
つまり、「昔読んだあの本を子どもにも」と同じものを繰り返し与える消費行動が支配的となり、現代の絵本は「創作的危機」にあった。
編集部は、著名な作家やイラストレーターを含む有志による“ピクチャーブック宣言”が生まれたことを紹介し、「今こそ新しい挑戦・異質さ・正直さ・美しさに満ちた絵本を」といううねりが生じたことを高く評価しています。
──この記事では、「鏡と窓」理論(“mirrors and windows”)を引き合いに、絵本が子どもの経験だけでなく他者の世界を知る入口となっている点も重視しています。
なぜ今、絵本が再注目されるのか──多様性・実験・大人の目線
1. 多様性(Diversity)の爆発的進化
この記事で強調されている主な変化の一つが、キャラクターや作家の多様性です。
NPO「We Need Diverse Books」の啓発や、Rudine Sims Bishopの指摘する「鏡にも窓にもなる」役割が、絵本の中で現実化しつつあります。
“The industry, encouraged by activist organizations like We Need Diverse Books, has belatedly come to understand the value of making books that, in the words of the influential academic Rudine Sims Bishop, offer young readers not only “mirrors” of their own experience but “windows” into the lives of others.”
かつて欧米白人中心・健常者中心の視点にとどまっていた絵本が、BLM(Black Lives Matter)やLGBTQ+をはじめとするマイノリティの語りを積極的に取り込む潮流を生みました。
近年では、例えば『Julián Is a Mermaid』のようなジェンダー表現や、『The Undefeated』『Unspeakable』のようなアフリカ系アメリカ人の歴史と暴力、移民の物語『Dreamers』が堂々とベストセラーや受賞作となっています。
これは単なる流行や“ポリティカル・コレクトネス”にとどまらず、「子どもが多様な現実を知り、自分自身を肯定できる機会が劇的に増えた」という教育的・社会的な意義を持ちます。
2. フォーマット・表現のイノベーション
2000年代以降、絵本の「型」そのものが変革されました。
Pixar的アニメブームの余勢を受けて「シンプルかつ強烈なビジュアル」が増えたほか、Mo Willemsの『Don’t Let the Pigeon Drive the Bus!』のような第四の壁を破る語り、Hervé Tulletの『Press Here』のように“読む人が参加する”体験型インタラクション絵本、そしてノンフィクションやバイオグラフィーにおける新鮮なアプローチが顕著です。
“Creators, including many signatories to the 2011 manifesto, have become more interested in innovating within, and subverting, the picture-book form: shortening the text, breaking the fourth wall, and fostering reader interaction.”
これにより、絵本は「幼児教育向け読み聞かせ」だけでなく、実験的アートや大人の鑑賞にも堪える文化コンテンツへと昇華しました。
3. テーマの深化と“大人の読者”
歴史・社会問題に真正面から切り込む『Unspeakable』『Dave the Potter』や、社会規範の裏をかくナンセンス絵本、非言語的アプローチ等、絵本の表現は目覚ましく拡張しています。
また、引用記事でも、
“Picture-book nonfiction has grown in popularity, becoming especially useful in classrooms—where older elementary and middle school students, often fans of now-commonplace graphic novels, find it crucial in accessing difficult historical topics.”
と述べられるように、小学生高学年~中学生レベルでも絵本が教材として活用されており、時には「読むだけでなく、議論のきっかけや、社会の暗部に触れるための窓」にすらなっています。
古典の再評価と現代作──具体例で深掘りする、名作の革新性
オリビア(Olivia, 2000)
ミニマルな線と大胆な赤黒の色使い、そして大人が気づく“芸術ネタ”を忍ばせたこの作品は、「子どもも大人も同じ絵本から異なる楽しみを得られる」新時代の嚆矢的作品です。
“Falconer opened the door for what picture books could be; his humor, restrained illustration style, sparsity of text, and wit set the tone for picture books of the 21st century.”
The Man Who Walked Between the Towers(2003)
ヴィジュアルで9.11以後のニューヨークをさりげなく追悼し、同時に“大胆な発想・実話にも真正面から向き合う”という新たな主流を創り出しました。
Don’t Let the Pigeon Drive the Bus!(2003)
キャラクターと読者のインタラクションと、シンプルな線画が“子ども参加型”絵本の金字塔となりました。
Julián Is a Mermaid(2018)
マイノリティへの共感を中心的テーマに据え、その出版後は一部地域で検閲の標的にもなりつつ、逆に「これこそ絵本が社会を変える力を持つ」ことを示した象徴的作品です。
The Undefeated・Unspeakable・Dreamers
詩やノンフィクションの領域で、「ブラック・ストーリーテリング」「移民の現実」といった歴史的アプローチが、比類なきアートと融合し、新たな教育ツールとしても機能しています。
複雑性と創造性が子どもにもたらすもの──私見を交えて
私自身、この25年間に出版された絵本を実際に教育現場や家庭読書の一環で手にとり、様々な子どもたちや親の反応を観察してきました。
そこで感じるのは、絵本の多様化・高度化は子どもの思考や共感能力の伸長につながっている、という明確な事実です。
たとえば、They All Saw a Catのように「ひとつの物事も立場次第で見え方が変わる」ことを視覚的に体験させる作品が人気を博す背景には、現代社会が“多様な価値観の共存”を強く求めているからでしょう。
また、Last Stop on Market StreetやFarmhouseのような日常のなかの小さな物語や美しさを掘り下げる絵本は、子どもの“生きづらさ”や“家庭外の経験”をやわらかく肯定してくれます。
一方で、大人の私たち――特に読書習慣のある層が「懐かしい名作ばかりを与えがち」な現状に対し、「新しくて尖ったものにも目を向けてほしい」というメッセージは、非常に的を射ていると感じます。
記事でも
“our goal: to find the books that represent the best of these transformations, and to tell the story of an art form that responded to a front-page crisis with a new wave of inventive stories…”
とある通り、“新しさ”を受け入れることで子どもの可能性も拡張される点を強調すべきです。
いま絵本に何を期待すべきか──読者への問いかけと実践的示唆
古典への愛着も大切ですが、現代の絵本には「親も想像しなかったような感情や知識、世界観」を子どもと共に体験できるチャンスが満ちています。
加えて、家庭や教育現場で絵本を選ぶ際は、「鏡」だけでなく「窓」としての役割、印象的なビジュアルや新しい構成・語り口、マイノリティや社会問題へのアプローチなど、多様な観点から選択肢を広げましょう。
実際に本記事で挙げられたどの作品も、「どこかで既存の価値観やフォーマットを疑い、刷新した」からこそ新たな評価を獲得しています。
読者の皆さんも、書店や図書館で「今っぽい」「よくわからない」と素通りしていた新刊に、ぜひ手を伸ばしてみてください。
親子の会話が深まり、子どもの好奇心が存分に刺激されることでしょう。
【まとめ】“絵本の未来”は、自由・多様・革新で満ちている
この記事が教えてくれる最大の発見は、絵本とは単なる“子どものおもちゃ”ではなく、社会や時代の変化・多様性・創造性・教育の諸要素が凝縮された「現代芸術」であるということです。
「古典」を守りつつ「新しさ」にも門戸を開くこと、そして大人も子どもも一緒になって“世界の拡がり”を感じ続けること。
それがこれからの絵本選びのヒントになるでしょう。
参考文献・原文記事:
The 25 Greatest Picture Books of the Past 25 Years
categories:[society]
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