この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Why this one area of cities is usually the poorest
「東側」の貧困、その理由は単なる偶然なのか
都市において、なぜか「東側」が経済的に劣後しやすい──と一度は耳にしたり、地図で感じたりしたことはないでしょうか。
ワシントンDCのサウスイースト、ロサンゼルスのサウスセントラル、シカゴのサウスサイド……。
アメリカだけでなく、パリの東側やロンドンのイーストエンドも、長らく低所得地域として知られてきました。
この現象は偶然なのか、それとも都市の構造的な問題なのか？
この記事はこの問いに対するデータ分析と学術的研究、そして人々の暮らしのディテールに踏み込みつつ、驚きの「風向き」という要素に光を当てています。
意外な仮説：「風で運ばれた大気汚染が東側の貧困を生む」
この記事でまず注目すべきは、「東側の貧困」は米国のみならず欧州の都市でも見られるという指摘です。
記事は以下のように言及しています：
“They noted that, when mapping almost any data, the east side of Paris seemed to differ systematically from the rest of the city. Same, famously, for the East End of London. In fact, this East Side Story seemed to apply to quite a few cities.”
（訳：パリの東側はデータから見ても他の地域と体系的な違いが見られ、ロンドンも有名な「イーストエンド問題」がある。実際、この“イーストサイド・ストーリー”は多くの都市に当てはまるようだ。）
さらにその理由として、「西から東への風によって汚染が運ばれる」という民間伝承を紹介します。
“There’s the story that the pollution was basically blown by the westerly winds over to the east… this is a systematic pattern that schoolchildren learn about.”
（訳：汚染は基本的に西風で東に運ばれる──これは子どもたちが学校で学ぶほど体系的なパターンだ。）
この仮説に基づき、過去の工場立地や煙突の分布を詳細にデータ化。
そして「風下（ほぼ常に都市の東側）に当たる地域で、後の時代まで住宅価格や教育レベル、所得水準が著しく低い」という事実を突き止めています。
「風下の都市」は歴史が作る自動運転の貧困領域
この主張は、環境政策や都市再開発だけでなく、「なぜ貧困は自動的に再生産されやすいのか？」という社会問題の核心にも迫るものです。
というのも、工業化時代の煙突や工場は、都市の上流階級によって意図的に自宅から遠ざけられて設けられ、その結果、風下にあるエリア──たいてい都市の「東側」──に被害が集中しました。
しかも煤煙だけでなく、鉛や水銀、硫黄など有害物質が局所的に蓄積し、「植物園が西側に移転した」など、環境悪化によるアメニティ（快適性や文化的な施設）の流出を招きます。
“In England, we see that botanical gardens that were on the east side, they had to move into the west because the plants didn’t survive in the east because of the pollution… a lot of amenities migrate to the richer area.”
こうしてアメニティが失われたエリアには、低所得層しか住まなくなる。
都市の東側に工場労働者が住み着き、やがて住環境も住宅価格も悪化。
さらに都市の進化とともに、その傾向が“自己強化的“に固定化され、世代を超えて貧困が残るメカニズムが形成されたのです。
単なる環境要因だけでは語れない「複雑な連鎖」
しかし、この記事の優れた点は、「風で運ばれた汚染」だけに絞るのではなく、他にも不可逆的で複雑な連鎖──たとえば人種差別的なレッドライン政策・鉄道や道路による物理的な分断──も、貧困の再生産と深く関わっていることを強調している点です。
たとえば、
“One 2022 analysis found areas redlined by the New Deal-era Home Owners’ Loan Corporation… tended to be more polluted. So, areas hit harder by pollution were also denied the money they’d need to rebuild. (And, of course, those areas were also home to unusually high shares of Black and Hispanic residents…)”
（訳：ニューディール時代のレッドライン政策で指定されたエリアは、往々にしてより重度の汚染を被り、再建資金さえ回らない。しかも、そこは黒人やヒスパニック系住民が多い。）
このような「人為的な排除と環境的デメリット」の合わせ技によって、“貧困の持続”は単なる自然科学の問題ではなく、社会制度のバイアスや差別と不可分だと解説しています。
「東側＝貧困」がなぜ今も続いてしまうのか──私の考察
ここまでくると、「都市の東側がなぜ貧しいか？」は単一の要因で割り切れない“複合現象”です。
確かに西から東の風という自然の力は大きな要素です。
ですが、その影響を固定させたのは、都市計画や地価、産業政策、交通インフラ、さらには過去の住宅ローン差別（レッドライン）など、無数の「人間の決定」が絡んでいます。
そして何より重要なのは、こうした空間的不平等が「長期間にわたり複利で蓄積される」点です。
たとえば、
- 産業革命期の大気汚染
- 汚染地帯への「貧困層の移住」
- サービスの低下とアメニティ喪失
- 固定化した地価・教育投資の低下
- 社会的・人種的差別
- 都市計画や交通網による分断
これらが「循環的な負のスパイラル」を生み出し、さらに「健康被害→学業・生産性低下→所得減少→再び不利な住宅選択」という自己強化ループを招いてきました。
また、交通手段の変化（自動車の普及による郊外化）、産業立地の変化（工場の移転・縮小）、さらにはデジタル産業の影響も「逆風」あるいは「恩恵」となって、都市の社会地図を書き換えつつあります。
ですが、「歴史的蓄積された不平等」は簡単には解消できないのが現実です。
都市を見る目が変わる──過去の「風」は、今をどう動かすのか
この記事は、「なぜ都市の東側が貧しいのか？」という問から、誰もが気づきにくい都市の“構造的な傷痕”に迫ります。
単なる立地や偶然ではなく、
「街を吹く風」、
「大気汚染の長期的影響」、
「アメニティや富裕層の流出」、
「制度や人種構造による分断」
といった巨大な力が、何世代にもわたり都市の格差を“自動再生産”し続けてきたのです。
そして「風下（都市の東側）」のような見えない要素が、現代でさえ住宅価格や教育水準の格差として残存していることが、データと歴史の両面から裏付けられました。
ここから私たちが学ぶべき最大の教訓は、「過去の長期にわたる環境的・社会的な決定は、簡単には拭えない」という事実です。
都市の再生や公平な社会づくりのためには——
単なるインフラ整備や資本投入だけでなく、「どのように昔の不平等が拡大・複製されたか」への深い理解と、積極的な制度・政策のアップデートが不可欠だといえるでしょう。
都市を見るあなたの“まなざし”も、この歴史的ダイナミズムに眼を向けること。そして一見「自然」で「宿命的」な都市格差が、実は変革可能なものに変わる可能性を、ぜひ意識してみてほしいと思います。
categories:[society]
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