この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Real-World IT Sustainability: 3 Case Studies from Green IO London
“グリーンIT”は理想から現実へ──今、企業の現場で何が起きているのか
サステナビリティというキーワードは、ここ数年あらゆる業界で注目されています。
しかし、「本当に実行されている現場」や「実際に得られた効果」を具体的なデータとともに語れる企業は、意外と多くありません。
そんな中、ロンドンで開催されたGreen IOカンファレンスでは、HSBC、OVO Energy、イギリス政府(GOV.UK)などが、IT分野での“本気”のグリーン化事例を公開しました。
この記事では、実際に実務レベルでどのような工夫や成果があったのかを、引用しつつ深堀りしていきます。
AI時代だからこそ、IT部門が持つ環境インパクトの大きさと、その解決策を理解することは必須です。
実務で見えた「攻めのサステナビリティ」──HSBC、OVO Energy、英国政府の切り口
まず記事は、Green IOカンファレンスで共有された実例として、次のように述べています。
“These aren’t mere feel-good experiments. These are strategies that demonstrate how environmental responsibility and business sense align.”
(これらは単なる気休めとしての実験ではありません。環境責任とビジネス的合理性が合致する戦略です。)— Real-World IT Sustainability: 3 Case Studies from Green IO London
引用の通り、単なる「社会貢献」や「CSR活動」を超えた、本気の改革であることが本記事最大のポイントです。
ITシステムのサステナビリティは、いまや“コスト削減”や“企業の競争力”とも直結しています。
特に紹介されたのは、
– HSBC(金融大手):IT資産の全体最適・計測ツール(MRPUSA)開発
– OVO Energy(エネルギー企業):家庭の給湯器でクラウド計算実行
– 英国政府(GOV.UK):データに基づくグリーンIT運用・ファイヤーウォール等の最適化
という「規模」「発想」「着実なビジネスメリット」を兼ね備えた取り組みです。
“測れるサステナビリティ”の時代──数字で知る変化の本質
HSBCの事例は、その象徴です。
35,000人超の従業員を抱え、2050年までの温室効果ガスネットゼロを目指す同社では、単なる感覚や経験則ではなく、「データ駆動」のサステナビリティを追求しています。
“We want a single way to measure energy and carbon, and eventually water and e-waste, across technology.”
(我々は、エネルギーやカーボン、将来的には水や電子廃棄物までを技術全体で一元測定したいのです。)— Real-World IT Sustainability: 3 Case Studies from Green IO London
この言葉は、サステナ技術担当者が“見えないものは改善できない”という原則を根本から理解していることを示しています。
実際、独自開発の「MRPUSA(Measuring Real Power Use of Software Applications)」は、ソフトウェア単位で正確に電力消費やCO₂排出量を見える化するものです。
しかも、これはオープンソースとして公開されている点でも画期的です。
また、同社にとって「サステナビリティそのものが新たな社内プライオリティではなく、本来の業務プロセスに組み込むべき“当然の前提”」と見なしている姿勢は、単なる流行や一過性の施策とは一線を画します。
実際、多くの“大企業病”――部署ごとの部分最適・縦割り意識――を乗り越え、FinOps(クラウドコスト最適化)など既存部門とも連携しつつ、標準化や全体最適に注力しているのです。
その推進力の一つが「経営陣の強力なコミットメント」だと強調されている点も大企業の実効性ある改革には不可欠でしょう。
AIの爆発的普及と環境インパクト──「使うな」ではなく「効率的に使う」の現実解
近年、AI技術の普及速度はかつてない規模です。
その反面、AIモデルの学習や推論に伴う計算資源消費(電力、水、CO₂など)の急増が、世界的な環境問題として議論されています。
記事でも、ChatGPTの利用伸びについてこう述べます。
“By the end of this past July, the chatbot had more than 700 million weekly active users. This is nearly 10% of the world’s adult population…. ‘It was the fastest adopted piece of technology humanity had ever seen.’”
(7月末までにChatGPTは週7億人以上のアクティブユーザーを獲得。これは世界の成人のほぼ1割に相当し、「これまで人類が見た中で最速の技術採用事例」と言えます。)— Real-World IT Sustainability: 3 Case Studies from Green IO London
この爆発的普及に対して「使うな」と主張しても、現実には意味がない――というのが、会場での登壇者の共通認識です。
AI時代のサステナビリティは、「利用そのものを否定する」のではなく、
– モデルの効率的設計(例:低精度演算、エキスパート混合型、8bit演算など)
– ワークロードを“カーボンフリー電力”が豊富な地域で稼働
– 定量的にAIモデルの消費電力や水、CO₂排出を“テストしてから”最適な運用先を選ぶ
など、「成果や便利さを維持しつつ環境負荷を下げる」ための実務的アプローチが重視されています。
NTTデータのFinOps実践例も紹介されており、「LLM(大規模言語モデル)の消費トークン量や電力、水消費を定期的にベンチマークし、LangChain等ツールで、複雑な処理のみ高性能モデル、あとは低消費モデルで分担処理する」など現場レベルの工夫が紹介されています。
また、「AIには“グリーンエネルギー”の増産が不可欠(例えばスウェーデンなどの再生可能エネルギーによるデータセンター活用)」という指摘も本質的です。
AIの進化・拡大を止める戦いではなく、“いかに効率よく活用するか”への転換期にあることが分かります。
「家庭のガス給湯器」がデータセンターに!?──OVO Energyの脱常識イノベーション
記事で最も“面白い発想”を感じる事例が、OVO Energy×Heata×CarbonRunnerの提携です。
「一般家庭の給湯器にコンピュータを搭載し、その熱を利用しつつクラウド計算ジョブ(CI/CDビルドなど)を分散実行する」しくみは、パソコンを廃熱で温かく感じたり、ストーブ代わりにマイニングPCを利用した人なら一度は妄想するアイデアかもしれません。
“Heata… has created an innovative cloud network where computers are attached to the boilers in people’s homes. It is a wonderfully elegant idea, effectively using electricity twice by providing services to cloud computing and domestic hot water.”
(Heata社のネットワークは、家庭のボイラーにコンピュータを備えつけ、同じ電力をクラウド計算と給湯の2度活用します。)— Real-World IT Sustainability: 3 Case Studies from Green IO London
この方式を活用し、「もし社内CI/CDジョブをすべてこの分散基盤で処理できれば、CO₂換算で17トン、24,000回分のシャワー用湯沸かしを顧客に無償提供し、約3,000ポンドのコスト節約にもなる」
という定量的メリットも語られています。
IoT・スマートホーム・クラウド分散処理技術を掛け合わせた好例であり、「データセンター=一カ所集中&巨大」という常識を覆すチャレンジです。
「地味に効く」改善の連鎖──政府ITでも大幅なCO₂/コスト削減
英国政府GDS(Government Digital Service)の「One Login」事例も極めて実務的な成果を出しています。
- 専用の温室効果ガス計測法を策定し、基準値化
- 大量のネットワークファイアウォール整理(VM数百台単位削減・AWS利用料47%カット!)
- コード1行変更で「ARM Graviton2」チップに切り替え、平均72%の電力削減
- トラフィックパターンやキャンペーンに応じたオートスケーリング調整
など、一つ一つは非常に「地味」ですが、
誤った“バズワード至上主義”のIT刷新や派手なAI導入よりも重要なポイントがここにあります。
これらの取り組みがコストカットと両立できている事実(=「サステナ=コスト高」ではない)は、多くのIT管理者、情シス、経営層にも示唆を与える事例です。
さらに自作の「サステナ101研修コース」には社内から300人超が自発的に参加し、各部署ごとの“小さな改善”を促進。
その成果として民間も含む“史上最低レベルのCO₂排出”を実現した――と評価されています。
私の考察:なぜ「実践レベルのグリーンIT」が必要不可欠なのか?
これらの事例は、一見すると大企業や欧州の先進事例に見えるかもしれません。
ですが、本質は「日本企業や中小規模の開発現場」にも即応用可能な普遍性を持っています。
なぜなら――
– 測定→小さな改善→効果測定 という「PDCAサイクル」に基づき、投資回収や副次コスト低減も織り込んだ現実志向
– KPIや経営のバックアップも活用しつつ、既存施策と“統合”、運用現場の細部まで落とし込む“定着力”
– AIやIoT、クラウド等の普及で「使えば使うほどインパクトが出る」現実にあわせ、無理に止めるのではなく“いかに最適化し共存するか”を重視
– “派手さ”よりも「地道かつ再現性のある最適化」を積み上げ、少しでも多くの現場が実装できる仕組みへ
まさに、実際に明日から実践可能なノウハウこそが最大の武器だからです。
逆に言えば、「グリーンIT」を“環境CSR担当者の仕事”や“エンジニアの趣味”で終わらせてしまう企業には、
今後グローバル競争上の致命的な遅れ、採用難、法規制リスク、サプライヤー認証落ちなどの現実問題が一気に押し寄せるでしょう。
今後重要になるのは、「カーボン測定・可視化」「AIやクラウドの消費最適化」「オンプレ・分散・IoT含めた柔軟な運用」を柱に、
全社横断で“地味だけど効く改善”を徹底する組織文化やスキルアップです。
まとめ:あなたの現場も「グリーンIT」に“ひと工夫”を!
ここまで紹介してきた事例は、いずれも「地に足のついたグリーン実践」でした。
どれも壮大な話に見えますが、“可視化ツールの導入”“計算資源の最適配分”“地味なシステム設定変更”など、
日本の中小企業・開発チームの現場でも即応用できる内容が少なくありません。
特にIT投資やAI導入ラッシュの今、コストメリットと環境メリットを“二兎追える”設計思想こそが、組織の生き残り条件になる可能性は非常に高いです。
- サステナビリティは「善意」や「意識」だけではなく、「測定」「改善」の積み重ねで成立する
- AI、IoT、クラウドの普及ほど、運用現場のきめ細かな最適化が成果につながる
- 経営者やユーザーも巻き込む「全社巻き込み型アプローチ」が大きな効果を生む
この3点こそ、今後全てのIT組織が必ず押さえておくべき“ニューノーマル”だと言えるでしょう。
あなたの現場でも、まず「エネルギーやCO₂消費の見える化」から始めてみませんか?
いずれはグリーン化が「当たり前」となり、“選ばれる企業”“成長する組織”の条件となる日は近いはずです。
categories:[technology, society, business]


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