この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Cybersecurity Information Sharing Act (CISA) Faces Expiration
迫る「CISA」の失効――何が、なぜ危機的なのか?
サイバーセキュリティに関する米国の重要な法制度、Cybersecurity Information Sharing Act(CISA、以下CISA)の期限切れが目前に迫っています。
2025年9月末をもって失効する可能性があり、議会による再認証(リニューアル)がなされなければ、サイバー脅威情報の共有を支えてきた法的基盤が消失します。
今回紹介するSecurityWeek掲載記事では、このCISA存続問題と、情報共有が企業や国家のサイバー防衛に果たしてきた役割、さらには今後を見据えた制度の課題について詳しく論じられています。
危機の本質:「CISAがなければ、情報共有が止まる?」
まず、記事ではCISAの目的とその恩恵が強調されています。
“If you find something in your software that shouldn’t be there, and there’s some indication that it is going to surveil what you’re doing or introduce some harm to a system,” explains Andrew Grosso (attorney at Andrew Grosso and Associates, and former assistant US attorney), “then you can report it. Safely and free of liability concerns.”
“It opens a window on risk in real time. It encourages reporting, protects the companies that do the reporting, and it tries to protect the identity of people who may be named as ‘suspects’, and the name of any known ‘victims’ of the threat.”
この引用が示すように、正しく設計されたCISAは、企業や個人が「自らの発見した脅威情報を、責任追及のおそれなく当局や他の関係者と共有できる」仕組みでした。
また、その情報を国家機関や他企業にも広く還元することで、「脅威の全体像」をピースとして集められる強みがあったと言われています。
一企業だけでは「象の足だけ」「尻尾だけ」しか見えないが、他企業や政府が持っている情報と統合すれば、「全体像、すなわち真のリスク」まで可視化できるというわけです。
なぜ「もう一度」CISAが必要とされるのか?――背景と意義を深掘り
1. サイバー脅威の高度化と「全体像」の把握
CISAが定める情報共有は、単なる「通報」以上の意味を持ちます。
現代のサイバー攻撃は巧妙化・統合化が進み、一社だけ・一機関だけで検知と対応を完結させることが難しい時代です。
記事でも
“You might have the legs and the tail, but you haven’t got the whole animal,” says Grosso. “A different company may have the forearms, while another company has the torso. It’s only when you combine all these different parts that you get to see the whole animal.”
という印象的な喩えが用いられています。
つまり、個々の“異変”報告は、点では意味をなさなくても、集まって初めて「どんな攻撃か?どこから来るか?なぜ脆弱性が狙われるのか?」という立体的な脅威情報=インテリジェンスとなるのです。
2. 企業の“責任回避”リスクに対して法的保護を提供
CISAによって「通報・情報共有による法的責任(例:契約違反、プライバシー侵害訴訟)の回避」が担保されていました。
これこそが、企業、特に米国上場企業が積極的に情報発信できた最大の理由です。
CISA失効となれば、企業は「迂闊に通報したら自社が訴えられるかもしれない」「機密漏洩とみなされるかもしれない」という恐れから、黙して語らず、脅威が水面下に残存する負の連鎖が再燃の危険があります。
「単なる延長」で本当にいいのか?――CISAの弱点とアップデートの必然性
記事では、Momentum社CTOのMoiz Virani氏の次のコメントを引用しつつ、単純再認証だけでは不十分であるとしています。
“CISA was not a super successful program, but it was practical and introduced a legislature that was more productive in the sharing of vulnerabilities. It is in the right direction, and has had some successes, but in the new AI world and when the attack surface is so much greater than it was ten years ago, there is now a need and opportunity to be more proactive about vulnerabilities in general.”
CISAは「完璧な仕組み」ではなく、寝ぼけた行政対応も多く、通報しても迅速に脆弱性が潰されないケースが目立つという課題も指摘されています。
また、AIの台頭やIoT、クラウド化によって攻撃対象範囲(アタックサーフェス)が劇的に拡大した今、10年前の「事後対応型」法制度だけではスピード&網羅性が不十分です。
【批判的な視点】
– 通報→対応のプロセス遅れ
– 民間・個人・中小企業への負担や即応体制が未整備
– 情報共有の質(精度、リアルタイム性、フィードバックループの欠乏)
– AI時代の「自動検知・自動報告」といった次世代対応へのアップデート不足
したがって、再認証だけでなく、「いかに仕組みそのものを現代化し、ビジネス、技術、法の進化に即したものに作り直すか」が問われているのです。
CISA「空白期間」が社会にもたらす本当のリスク――私見を交えて考える
仮に失効した場合、「大災厄」になるかといえば、そうとも言い切れません。
記事中でもMoiz Virani氏は
“But that gap may incentivize security practitioners who make decisions about security to be a little more alert.”
と前向きな示唆を伝えています。
しかし、現実の企業現場や政府のセキュリティ体制を見渡すと、「情報共有=万全」という幻想を防ぐべき一方で、法的支援やセーフハーバーが薄まることで、余計な自己保身や責任回避がはびこる懸念があります。
これまで「報告しなかったら株主や役所に責められる」からこそ仕方なくCISA活用…という動機でやってきた組織も多いはずです。
その心理的・実務的ハードルが高まれば、情報の「孤島化」「バケツリレー遅延」「広域攻撃の初動遅れ」など、多くの副作用が拡大するでしょう。
また、国際的(特に日本のようなCISA相当制度のない国や、EUのGDPR/ネットワーク指令とどう連携するのか)法域を越える情報共有インフラの構築が遅れ、米国主導の枠組みが空白地帯を生むという地政学的リスクも無視できません。
いま問われる「私たち、CISO、社会」の選択肢――失効リスク時代の教訓
最後に、記事は次のような問いを投げかけます。
“So, the big question for CISOs right now is: How should we handle threat information sharing immediately after September 30, 2025?”
この問いは、米国だけでなく日本や多国籍で事業を行うすべてのIT部門、セキュリティ担当者、経営者にとって、極めて重要です。
私の見立てでは、「CISAの有無に関わらず、自社でどこまで能動的な脅威情報の収集・共有体制を国際規格・取引先との契約・ベストプラクティスに準拠して作れるか」が今後の分かれ道となるでしょう。
- CISA等の社会インフラに甘えることなく、自社独自の情報共有ガバナンスを磨く。
- 通報・共有の先を見据え、「その情報から外部/内部で何をどう変えられるのか?」という改善“アクション”を明確化する。
- 政治や制度に依存せず、業界横断で共助・リスク伝播を最小化する文化醸成に動く。
これこそが、「失効のリスク」から得られるもっとも大きな教訓ではないでしょうか。
まとめ:今こそ“更新”と“刷新”の二本立てを
結論として、CISAの再認証はほぼ確実とされつつも、安易な現状維持でなく「現代的なアップデート」が必須であるという点が強調できます。
法的な「傘」をただ延長するのではなく、AI・モダンIT基盤・リーガルリスク管理の進化に応じた柔軟な仕組みが求められているのです。
本記事の問いと分析は、日本を含むあらゆる国・企業の情報共有ガバナンスの「あり方」を見直す契機になります。
サイバー脅威は国家も企業も、日々「再発明」「再想像」を迫られる領域。
CISA問題を自分ごとととらえ、規範と実践の両面から組織防衛策をアップデートしていきたいものです。
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