この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Sky-high budget gap: FAA launches air traffic overhaul, lacks cash to finish it
■ 空港の裏側で何が!?「FAA空域刷新計画」始動とその舞台裏
2025年9月、アメリカ連邦航空局(FAA)が、老朽化した米国の航空管制システムを抜本的に刷新する大規模プロジェクトを開始しました。
その名も「BNATCS(Brand New Air Traffic Control System)」。
記事によれば、FAAはこの計画実現のため、早くも提案募集(RFS)を出し、今後3~4年で70000個以上の機材と数多くのレガシーシステムの近代化を図る意欲的な計画です。
しかも「単独の民間大手インテグレーター」を指名し、事実上“丸投げ”で一気に改革しようというのです。
しかし、この計画にはある根本的なリスクが存在します。
それは、「予算がまったく足りていない」という問題。
計画初期費用の頭金12.5億ドルは用意できたものの、必要額は実に315億ドルとされています。
3分の2以上が未確保のまま、巨額で極めて困難な社会インフラ刷新プロジェクトが動き出したという、アメリカらしい「見切り発車」。
この記事が語るのは、まさにこの“空高きギャップ”と現代アメリカ行政のリアリズムです。
■ アメリカの空は安全か?本音を暴露するデータと証言
The Registerの記事は、「FAA管制ネットワーク刷新が待ったなし」である現状を、様々なデータと証言を織り交ぜて伝えています。
まず注目すべきは、この記事中の皮肉交じりの引用です。
“Elvis and the Rolling Stones were still pumping out Billboard hits when our current air traffic control network was integrated,” Duffy said. “It’s unacceptable, and it’s lead [sic] to years of glitches, delays, and cancellations in our airspace.”
— Sky-high budget gap: FAA launches air traffic overhaul, lacks cash to finish it
(訳:「エルビスやローリング・ストーンズがヒットチャート常連だった頃に統合されたネットワークを今も使い続けている。バグや遅延や運航キャンセルの温床で、こんな状況は容認できない」)
さらに、FAA元長官の国会証言を紹介しつつ、管制現場の実情を暴露します。
“Some FAA systems are so old, according to testimony former FAA administrator Chris Rocheleau gave to Congress over the summer, that they are still running on floppy disks and paper strips.”
— Sky-high budget gap: FAA launches air traffic overhaul, lacks cash to finish it
日本では信じられないかもしれませんが、今でも管制現場でフロッピーディスクや紙テープが使われている、という驚愕の事実です。
安全運航神話の裏側には、こうした技術的負債が膨れあがっていたことが浮かび上がります。
■ 処方箋は「一社丸投げ+民間活力」、狙いと背景に迫る
FAAが新システム刷新に「単独の民間インテグレーター」=システム統括請負企業を求めている点は、過去の失敗や政治的思惑が影を落としています。
従来は連邦機関が部分的に管理していましたが、今回「統括役」を一社に託し、“責任の所在を明確化”したい狙いが透けて見えます。
さらに、「数年でこの膨大な刷新をやり遂げよ、しかもサービス停止は最小限に」との要求が突きつけられている点からも分かるように、近年米国空域管理で起きてきたシステム障害や大規模遅延の反省が強く働いています。
記事では2023年の全米NOTAMシステム障害や2025年5月のニュージャージー管制全消失事例を引き合いに、実際に「予知もしない障害」が既存システムの老朽化によって現出している、と指摘。
老朽設備の部品供給難や、そもそも51システムが「保守不能」と監査で判断されている深刻さにも触れています。
これらを受け、今回は“大胆な民間活用”に舵を切ったのです。
■ 「予算なき刷新」その現実性と危険性を考察する
さて、核心はここからです。
なぜ膨大な費用が必要で、しかも払底した状態でスタートせざるを得ないのでしょうか。
背景を踏まえ、現状の分析と今後の展開について考えます。
1. 既存システムの“超老朽化”
明白なのは、そもそも半世紀前の技術(紙テープ、フロッピー)で全米の航空路を支えてきたという現実。
ITシステムの「オーバーホール」(全面再構築)は、既存の機能・安全性を絶対に損なわず、新旧機器の統合をしつつ、サービス停止ゼロで進めねばならず、莫大な時間と調整コストが要求されます。
2. 民間丸投げの是非
一社集中発注には「責任一元化」「スピード重視」「調達透明化」などのメリットが謳われますが、裏を返せば「競争原理の低下」「不測のリスク(ベンダーロックイン、倒産)」といった現実的デメリットも孕みます。
大都市の地下鉄刷新や、大手通信網の統合でも、一社丸投げが失敗を招いた事例は後を絶ちません。
しかも航空管制は、災害発生時や緊急時にも稼働停止が許されません。
3. 国家インフラなのに“政治”と“予算”のゲーム
記事でも触れられているように、「予算配分」は大統領や政党、議会の綱引きで決まる側面が大きいです。
今回も「まず着手、その後の予算は不透明」という戦略は、一見行動力を感じますが、「事業途中で予算が尽きる→システム両建てで二重コスト→失敗」という懸念も大きいです。
4. セキュリティ・インシデントや新たな課題の増大
新システムの導入は、サイバーセキュリティリスクの急増(古い機材に比べてネットワーク化が進むため)、および新旧混在期間のシステム障害誘発リスクが避けられません。
特に航空分野は標的型攻撃の格好の餌食でもあり、民間企業の「納期インセンティブ」が安全性と相反しかねない点、国民的監視と透明性が不可欠です。
■ 「空の安全」のため私たちに必要な視点とは――結論
FAA空域刷新の本質的な意義を問うと、「安全神話を守るには、地味で高額なIT資産の刷新こそが不可欠」という点に集約されます。
今や世界の空港インフラは、可用性や多重冗長性を高め続けねばならず、「古いけど止まらなかったから大丈夫」という発想は、既に過去のものです。
なぜなら、一度のシステム障害が数万人の足止めや経済損失はもちろん、最悪の場合は甚大な事故・テロリスクにも直結しうるからです。
記事が示唆しているように、
“It’s not the all-new system President Trump wants, and America deserves, but it’s an important down payment to get the job finished. We will need more money.”
— Sky-high budget gap: FAA launches air traffic overhaul, lacks cash to finish it
この「頭金だけの刷新」は、政治的にはポジティブアクションに見えますが、技術者やサービス利用者にとってはハラハラしっぱなしの事業進行です。
今後も予算の確実な確保、計画変更への柔軟な対応、民間委託の透明性と説明責任の徹底が不可欠です。
読者の皆さんにとって重要なのは、「私たちの暮らす社会インフラが、“目に見えないところ”でどう更新されているか(あるいは更新されていないか)」に関心を持つこと。
海外の一見他人事の話でも、日本の鉄道網や官公庁システムにも起きつつある「技術的負債肥大化」は、決して対岸の火事ではありません。
“変化は遅々として進まず、しかし一度破綻すれば社会全体を麻痺させる”。
そんなインフラ刷新を、政治でも企業論理でもなく、社会全体で「安全のコスト」としてどう分担・監視していくか――。
この改革の経過から、目が離せません。
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