この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Golden Road by William Dalrymple review – when India ruled the world
かつて世界は「インド中心」に回っていた!? 驚きの新視点
経済・文明の歴史は、しばしば「西」から語られがちです。
しかし今回紹介するのは、イギリス人作家ウィリアム・ダルリンプルが著した注目作『The Golden Road: How Ancient India Transformed the World』の書評記事です。
この記事は、単なる文明交流の枠を超え、「インドこそが世界の宗教・哲学・経済の中心であった」と高らかに主張しています。
「ローマ帝国時代、エジプト征服(紀元前30年)以降、贅沢なインドの品々がかつてない規模でヨーロッパに流入した。誰もそれに抗えなかった」と記事は伝えています。
日本人の我々にとって、古代文明というとエジプト・ギリシャ・ローマや中国に目が行きがちです。
ですが本文で指摘されるインドの存在感は、目からウロコの連続です。
ローマから遥か極東まで──「ゴールデン・ロード」の正体
さて、記事中最大の主張をまず紹介しましょう。
“Forget the Silk Road, argues William Dalrymple in his dazzling new book. What came first, many centuries before that, was India’s Golden Road, which stretched from the Roman empire in the west all the way to Korea and Japan in the far east. For more than a millennium, from about 250BC to AD1200, Indian goods, aesthetics and ideas dominated a vast “Indosphere”.”
著者ダルリンプルは「シルクロードを忘れろ」とまで断言しています。
その上で、遥か数百年もそれに先立ち存在した「インドのゴールデン・ロード」に注目せよと主張します。
つまりユーラシア大陸西端ローマから、東の極み朝鮮や日本まで広がる巨大な「インド圏(Indosphere)」こそ、かつて世界のグローバル回廊だった、と語られているのです。
史実が語る“インド大流入”──ローマ帝国を傾けた交易のインパクト
記事は、驚くべき具体例を並べています。
例えば、ローマ帝国時代の博識者プリニウスが「インドの商人のために少なくとも毎年5500万セステルティウスもの富が流出している」と嘆いたという話。
さらに「実際には10億セステルティウスを超える規模だった」「インドの博物館には、旧ローマ帝国領土以外で最大規模のローマ貨幣コレクションがある」と記されます。
“Pliny, a Roman miltiary commander and author, estimated that Indian merchants were annually draining the empire of at least 55m sesterces. He would have been horrified to know that, in fact, Indian imports into Egypt at this time were probably worth over a billion sesterces a year. Indian museums are said to hold more Roman coins than any other country outside the former empire.”
単なる異国趣味ではありません。
絹、香辛料から始まり、インド綿や宝石、そして宗教思想や学問までもが“爆発的”にヨーロッパ・中東・アジア各地に伝播したというのです。
ローマの婦人が着ていた薄手のインド綿の衣服や、豪商や上級貴族の愛したインド産宝石など、現代で言う“グローバルラグジュアリー”が二千年前にも存在していた証左なのです。
なぜ「インド文明のヘゲモニー」は長期間続いたのか
ここで注目したいのは、単にモノや贅沢品が流通したというだけではありません。
記事はこう主張します。
“Dalrymple’s larger theme is India’s intellectual hegemony. As he shows, during this era India was the great religious and philosophical superpower of Eurasia, with lasting effects into the present.”
この「知的支配権(intelectual hegemony)」という視点は、従来の経済史や貿易史では見落とされがちです。
実際、現在も世界各地に残る仏教・ヒンドゥー教遺跡は、その範囲と重層性で世界トップクラスを誇ります。
記事でも「世界最大級の仏教・ヒンドゥー寺院は、それぞれインド国外(ジャワ島ボロブドゥールとカンボジア・アンコールワット)に存在する」とされ、インド発の文化様式がいかに他地域に受容されていったかが示唆されます。
同様に、インド発祥の数学(十進法・代数・三角法・アルゴリズム)や天文学も、アラブを経由してヨーロッパへ伝来し、最終的にルネサンスと近代科学の基礎となった事実は、歴史教科書以上に重たい意味を持っています。
グローバリゼーションの“原型”としての古代インド
翻って、現代日本に住む私たちにとって、なぜこの古代インド黄金期の物語が重要なのか。
ひとつは、「アジアが世界の“辺境”ではなく、本来、中心的な役割を果たす力を持っていた」事実を知ることです。
国際情勢やグローバル経済の覇権が、常に「西」から「東」へと移ってきた歴史を振り返るなら、むしろ「インドモデル」こそ持続・拡張性において突出していたことが明らかになります。
記事では、「インド商人は季節風(モンスーン)に乗り、大遠征で巨万の利益を上げ、衣服・宝飾・家具・工芸の無比の品々を届けた」と述べています。
現代のグローバルサプライチェーンや越境EC、多文化共生といった課題の原型が、実は2000年以上前から「インド主導」で先駆的に進められていたのです。
文化交流のハブ=「シンクレティズム(融合)の時代」から私たちは何を学べるか
『The Golden Road』の抒情的なパートとして、ダルリンプル自身が南アジアを放浪し洞窟寺院や森林遺跡を訪ね歩く描写にも触れておきたいと思います。
文章は「失われた宗教的多元性と進化し続ける思想運動へのラブレター」である、と評されています。
この「宗教・思想の多元融合」が、なぜ当時、あれほど寛容に行われたのか。
大国・大宗教が膨張することでしばしば軋轢が生じる歴史の裏で、インド発のヒューマニズムや哲学は、交易ネットワークの拡大と共鳴しながら、異文化間をつなぐ“潤滑油”として機能していた可能性が高いと言えるでしょう。
再評価されるべき「アジア主導の世界史」──日本社会への示唆
最後に、この記事が投げかける最大のメッセージを考えてみましょう。
西洋中心史観を問い直し、「世界史=アジア史でもある」という視点を持つことは、未来の国際社会で活躍するうえで不可欠です。
現代のグローバル経済は、たとえばインドのIT人材や中国の生産力、東南アジアの消費成長等、ますます「アジア化」しています。
にもかかわらず、「現代文明は西洋発」と思い込みがちなのは、過去の“黄金時代”が十分に語られてこなかったためです。
古代インドが示した“ゴールデン・ロード”の経験は、単なる過去の栄光ではなく、
- 多様な文明をつなぎ
- 与えるだけでなく受け入れ、融合し
- 知の流通によって社会を豊かにする
といった、原理原則の見本です。
DXやAI化、働き方改革といったバズワードに惑わされがちな私たちにこそ、「インド的なシンカ(進化・深化・新化)」を学ぶ価値は絶大です。
まとめ:今こそ「インド黄金期」の知恵を現代に生かす
『The Golden Road』の視点は、決して過去の遺物ではありません。
千年以上も続いた「インド中心のグローバル文化圏」は、柔軟な思考・経済的ダイナミズム・宗教哲学の多様性という点で、私たちの社会の未来づくりのヒントとなるはずです。
「日本史」「世界史」に対する見方が大きく変わる──そんな問いを読者ひとり一人に残して、この記事を終えたいと思います。
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