この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Enduring Power of “The Rules of the Game”
摩訶不思議な“オペラ的映画”に光を当ててみる
ジャン・ルノワール監督の1939年作『ゲームの規則（The Rules of the Game）』。
フィルム史上屈指の傑作、と語られることの多い本作を、The New Yorkerの記事は「モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』を初めて映画に移植したと言っても過言ではない」と高らかに評しています。
その理由を紐解いていくことで、この映画がなぜ時代を越えて観る者を惹きつけ、そして絶えず議論を喚起してやまないのか、その構造と本質を丹念に解き明かしていきます。
まるで“映像版フィガロの結婚”!? 作品の本質と狙い
まず、記事の冒頭の主張を引用してみます。
“Like Mozart’s Beaumarchais adaptation, Renoir’s film portrays crisscrossing romantic entanglements both among and between high society and the hired help, the elaborate ruses deployed to conceal them, and the mayhem that results when the truth comes out… Like the opera, the film blends these disparate moods and tones at a whirlwind tempo: slapstick comedy and poignant melodrama, graceful lyricism and bumptious braggadocio, witty satire and bitter tragedy.”
（引用元：The Enduring Power of “The Rules of the Game”）
つまり、貴族と使用人、その上下関係を超えて錯綜する恋愛劇と、嘘や隠蔽がもたらす大混乱。
それらがオペラさながらに様々な感情や雰囲気のモザイクとして同時進行で描かれる点にこそ、映画としての革新性――いや、ルノワールの野心そのものが潜んでいると言えるでしょう。
“階級”と“偽善”に潜む不穏な兆し――背景にある歴史の重み
この映画は単なるラブコメディなどではありません。
ルノワールは「社会の腐敗」を鋭く暴きます。
記事においては、映画公開が第二次大戦直前というタイミングだったことにも触れ、
“a vision of looming catastrophe, of authoritarian menace from within as well as from without, and of the diabolical complicity of France’s privileged classes, both aristocratic and bourgeois, in depravities committed in their name and their interest.”
とさえ形容されています。
表面的には洒脱な戯画劇。
けれどその背後には、のちの戦争・ファシズム勃興を正確に予言するかのような、不穏な空気が脈打っているのです。
現代の日本や世界でも、既得権層の偽善、利己主義、物事の“なあなあ主義”が社会を蝕む様は身近です。
だからこそ、本作のメッセージは今も強烈な示唆を持ち続けているのでしょう。
なぜ公開当初“酷評”され、再評価まで時間がかかったのか？
では、なぜこの映画ほどの作品が戦前フランスで激しく批判され、上映打ち切りとなったのでしょうか。
記事によれば、
“The very antisemitism that Renoir underscores with the dialogue and the casting was partly responsible for the film’s commercial failure: right-wing viewers, aware of Renoir’s left-wing politics, came out to boo when Dalio was onscreen, and rightist critics sniped at the character, too.”
と明記されています。
登場人物の一人である侯爵ロベールは、実はドイツ系ユダヤ人の血を引いている設定。
演じるのはパリ生まれのユダヤ人俳優：マルセル・ダリオ。
右派によるルノワール個人・役者への攻撃――まるで映画の構造そのままに、“現実”の偏見や差別が社会に巣食っていたのです。
さらにルノワール自身も、「登場人物は全て虚構だ」という但し書きを復元版タイトルに記したほど、戦後フランス社会の“自己正当化”や“都合の悪い歴史の隠蔽”の真っ只中にいました。
ホロコースト関係の表現規制も含め、戦後の社会が“闇”に目をそむけたがった――それがこの映画の評価にも長く影を落とした要因です。
“娯楽/美学”を超えたラディカルさ――ルノワール演出の奥深さ
この作品が革命的なのは、単なるストーリーテリングや撮影技術の革新性だけではありません。
映画自体の“魂”にこそ、その真価があります。
記事は、
“what’s revolutionary about “The Rules of the Game” isn’t a matter of form but of politics. The movie’s startling originality is in its spirit, its insolent ironies.”
と喝破しています。
ルノワールは単なる高級サロンの模写ではなく、彼自身も“外部／内部”の両視点から、高級社会の「虚飾と偽り」をドキュメンタリータッチで記録しています。
ここで印象的なのが、狩猟シーン。
本当に大量の動物が撃たれる――現代的感覚では受け入れ難いですが、それこそが支配層・既得権階級の“暴力”や“自己中心的な遊戯”の象徴です。
また、セリフ回しの妙もこの映画のカギ。
例えば、
“The awful thing in this life is this: everyone has their reasons.”
という、人間社会のどうしようもない“相対主義”を皮肉に表現した名台詞は、今なおさまざまな文脈で引用され続けています。
“なぜ、今、再び評価されるのか？”――私の考察
私自身、映画『ゲームの規則』が2020年代以降再評価の波に乗り続けている要因は、まさに“普遍的偽善”への羞恥、「自分たちもまた、歴史の加害者＝傍観者でありうる」という警句にあると思います。
現代社会では、格差・一見“意識高い”リベラルな階級、自己弁護・ネット時代の群集心理といった問題が、まさに本作同様に現実のものとなっています。
取ってつけたような自己批判や上品な仮面は一皮むけば欺瞞であり、現実に目をふさぐ“共犯”状態。
この構造を80年以上前に暴いたルノワールの慧眼には驚嘆せずにいられません。
また、登場人物の一人ひとりに「どこか自分自身の愚かさ・弱さ」の要素が投影できてしまう点――“自分にも言い訳はあるが、でも…本当にそれでいいのか？”という自問自答を観る者に突き付けます。
この普遍性こそが、どれだけ時代が変わっても作品を古びさせないのです。
とはいえ、狩猟シーンなど、現在の倫理観との衝突もあります。
美学や豊潤な映像芸術が、むしろ暴力や悲劇を覆い隠してしまう危険性についても意識的に受け止めるべきでしょう。
日常と「支配／被支配」の構造――“ルール”を問い直すために
『ゲームの規則』が問いかけるのは、「なぜ我々は嘘や偽善、他者の犠牲の上に成り立つ秩序を黙認してしまうのか？」という根源的な問いです。
記事が繰り返し強調するように、この映画は単なる歴史的アナクロニズムではなく、常に“今の社会”に直結する鋭利な批評装置として機能します。
私たちの日常にも横たわる、“みんな何かしらの理由がある”、だからこそ見逃してしまう「構造的な悪」。
物事の皮相的な心地良さ（美しさ、ユーモア、社交性…）に欺かれたその先で、重大な“歪み”や“暴力”が進行している――それを見抜くための想像力と批判精神が、いまこそ求められているのではないでしょうか。
まとめ：『ゲームの規則』が照らす“自己批判”という永遠のテーマ
ルノワールが『登場人物はすべて想像上のもの』と書いたように、私たち一人ひとりもまた、自分自身の“役割”や“理由”に隠れて生きています。
けれども歴史は動き、社会の“ルール”も更新される中、“なぜ自分はその構造に無自覚でいられたのか？”という問いは、決して終わることがありません。
『ゲームの規則』は、「時代を超える批評」という最高の教科書です。
浮き世離れしたような美学と笑いの裏側に、「いまの私たち」にこそ突き付けられる問いがある。
それこそがこの不朽の名作の“耐久力”であり、観るものに自己照射を促す最大の魅力なのです。
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