この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Worse Than the Dot Com Bubble
1. 進化ではなく「膨張」:CES2026に見るイノベーションの空回り
2026年1月期のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)を現地体験した筆者が、業界の実態を鋭く批判しています。
テーマは「AI・ロボティクスの進化」…と表向きには見えつつも、実際にはアイデアの枯渇、投資家やメディアを煙に巻く「欺瞞的な技術デモ」が横行している現場の実態です。
特にLGなどの大手企業が、実用性に乏しく販売予定すらないロボットを堂々とデモし、メディアが「技術の転換点」と持ち上げる――という脱力感すら覚える光景を筆者はバッサリと断じます。
“So, why did LG demo the robot? To con the media and investors, of course! Hundreds of other companies demoed other robots you couldn’t buy, and despite what reports might say, we were not shown ‘the future of robotics’ in any meaningful sense. We got to see what happens when companies run out of ideas and can only copy each other.”
(なぜLGはロボットをデモしたのか?当然、メディアや投資家を騙すためだ。他にも数え切れない会社が買えないロボットをデモしていたが、“ロボティクスの未来”などというものは全く見せなかった。単にアイデアが尽き、互いに真似し合う企業の末路を見せつけられただけだ。)
この痛烈な指摘は、2020年代以降の「展示会の空疎化」「業界の自己満足」を象徴しています。
言い方を変えれば、現場で語られる“進化”や“転換期”という言葉がどれほど虚構にまみれているかを、印象的に示す導入です。
2. 驚きの主張:「ドットコムバブルより全然ひどい」AIバブル
続く記事のクライマックスは「2020年代中盤のAIバブルは、2000年頃のドットコムバブルを遥かに超える危うさだ」という主張にあります。
著者は、投資規模の比較や業界構造の深い分析を踏まえ、その危機の根深さに迫っています。
“I also need to be clear that this is far, far worse than the dot com bubble.”
“US venture capital invested $11.49 billion ($23.08bn in today’s money) in 1997, $14.27 billion ($28.21 billion in today’s money) in 1998, $48.3 billion ($95.50 billion in today’s money) in 1999, and over $100 billion ($197.71 billion) in 2000 for a grand total of $344.49 billion (in today’s money) — a mere $6.174 billion more than the $338.3 billion raised in 2025 alone, with somewhere between 40% and 50% of that (around $168 billion) going into AI investments, and in 2024, North American AI startups raised around $106 billion.”
(ドットコムバブルよりも遥かにひどいことを明確にしておく必要がある。1997年〜2000年の米国VC投資総額(現代価値換算で約3,445億ドル)は、2025年だけで約3,383億ドルが調達され、そのうち約40~50%、つまり約1,680億ドルがAI投資に流れた。2024年には北米だけでAIスタートアップへの投資が1,060億ドルに達した。)
つまり、AIバブルでは「量的規模」だけでなく、「投資の質」自体が非常に危険な状態にあるというのです。
ドットコムバブルで失敗したのは大半が“よく分からないEコマース”でした。
しかし、今回はAIという基盤技術そのもの、そしてそれを支える資本構造が大崩壊するリスクを孕んでいる――これが最大の問題点だと論じます。
3. 業界批判の本質:「進歩」の物語が構造的な愚行を隠す
筆者は、今回のAIバブルの危険性を単なる“金額の膨張”以上に、技術や起業家精神、そしてメディア・投資家・規制当局までもが一体となったシステム的愚行――「進歩神話」という物語にすり替えられていることに根本問題を見出しています。
例えば「失敗はイノベーションのために必要」「成長至上主義こそ善」といった業界の自己正当化が、投資の質的劣化、構造の硬直化を加速しているという指摘です。
“The media covers companies based not on what they do but their potential value, a value that’s largely dictated by the vibes of the company and the amount of money that they’ve raised from investors.”
(メディアは企業が「何をしているか」ではなく、「その潜在的価値」(ほとんどが資本の規模や雰囲気で決まる)を論じる。)
このようなシステムの中で、イノベーションのコアは空洞化し、有限の資本が無限に「バブル」を拡大する燃料として消耗されます。
加えて、ベンチャーキャピタルも“リスクをとって新産業を支える”という名目とは裏腹に、実際には「他人が育てた種に群がる」「後から資金を出して短期換金を狙う」など、“思考停止のギャンブル”に陥っています。
この現象は、VCの出口戦略(IPOやM&Aの枯渇)、スタートアップ投資の流動性危機として表面化しています。
4. 私的考察:AIバブルの本質と今後への懸念
ここまで筆者(Ed)が展開した主張は、多くの論点で非常に鋭く、同時に業界内部者ならではの“絶望的なリアリズム”が光っています。
個人的には、次の3つの切り口が特に重要だと感じます。
(1) 生成AIの「低コスト模倣」と独自性の喪失
従来の技術バブルは、まだ物理的実装やエンジニアリングの難度によって、淘汰メカニズムが機能していました。
しかし、生成AIが普及した今、「誰でもそれっぽいプロトタイプ」が瞬時に作れてしまいます。
これは投資審査の質を一気に低下させ、VCがもはや「リスクリターンを鑑みて精緻な審査をする」よりも「流行に乗って早い者勝ちバトルを繰り返す」局面に突入していることを意味します。
“Generative AI lowers the barrier of entry for anybody to cobble together a startup that can say all the right things to a venture capitalist. Vibe coding can create a ‘working prototype’ of a product that can’t scale (but can raise money!).”
この現象は、日本のスタートアップエコシステムにも当てはまります。
単なるChatGPTやStable DiffusionのAPIラッピング、“AIで効率化しました”アイデアで資金調達が成立し、本質的な価値創出や市場ニーズの掘り下げがますます難しくなっています。
(2) AIバブルの社会的リスク:「産業基盤」と「金融インフラ」双方の崩壊
2000年のドットコムバブルは、最終的には「だめなeコマース企業の淘汰」「大手通信インフラの過剰投資(ダークファイバー供給過多)」で決着しました。
インターネットが本物のインフラとして社会に根付いた結果、長期的には好影響ももたらしました。
一方、AIバブルの場合はどうでしょう?
AIインフラ(GPUやクラウドなど)は用途が極端にAI依存型で、一般的な産業や社会基盤に直接換算できません。
また、AIをベースとするビジネスが軒並み赤字・超高コスト体質であるため、「投資の正当化」自体が困難です。
現実に基盤を築けなければ、「価値の根拠」がなにも残らず、産業地図だけでなく金融システム自体に大きな破壊力をもたらす可能性があります。
(3) 「規範なき楽観主義」がリスクを増幅させる
本来であれば、バブルの過熱時には“規制当局”“投資家”“メディア”が三位一体となり、冷静な牽制役を果たすべきです。
しかし、現在の米国のみならず世界中のスタートアップ・投資エコシステムは、過去の“ドットコム神話”や“FAANG成功物語”の影響で、「成長と資本流入さえあれば全て正義」という幻想が一種の宗教のように定着しています。
“There is no punishment, no consequence, no critique, no cynicism, and no comeuppance — only celebration and consideration, only growth.”
この状況は、イノベーションの健全なリズムを狂わせ、バブル崩壊後の社会的損失を一層大きくしてしまう危険性を孕みます。
日本でも経済安全保障や産業戦略の観点で、AIに過度な夢を託しすぎる体質に警鐘を鳴らすべき時期といえるでしょう。
5. AIバブルとその先:私たちはどんな態度で臨むべきか
「ドットコムバブルは確かに大変だったが、最終的にはネットが社会基盤になった」「AIバブルも似た道をたどるのでは」といった楽観論は本当に正しいのか?
著者は「いいや、今回は想像以上に深刻で、バブル崩壊時のインパクトも未曾有の規模になりうる」と警告します。
“The AI bubble bursting will be worse, because the investments are larger, the contagion is wider, and the underlying asset — GPUs — are entirely different in their costs, utility and basic value than dark fiber. Furthermore, the basic unit economics of AI — both in its infrastructure and the AI companies themselves — are magnitudes more horrifying than anything we saw in the dot com bubble.”
私なりの考えとしても、「AIの魔法への過信」は技術面でも経済面でも極めてリスキーだと感じます。
新しい技術の社会実装がもたらす“実効的な付加価値”を冷静に吟味し、本質的競争力の見極めこそがこれまで以上に求められます。
無批判な成長主義、AI至上主義から脱却し、実体経済や社会課題解決とどのような形で融合できるか――その問いを立て直すことが、業界にとっても、私たち一般人にとっても不可欠な時代です。
おわりに:ただのバブル神話に酔わず、「健全な懐疑」で未来を見つめよう
世の中が「AIで未来が変わる」と熱狂的に語るときほど、冷静な視線が重要になります。
2020年代後半〜2030年代初頭に向けて、私たちは「バブルの顛末」を歴史から学ぶことができるか。
本質的なイノベーションと“数値遊びの空騒ぎ”を区別し、“健全な懐疑”を持って時代の大変動を見つめ直していく力が、今後ますます試されるはずです。
categories:[technology]

コメント