この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Delco Accent of Eastern Pennsylvania
言葉の“味”が世界を変える!?——HBOドラマ『Task』で再注目された「Delco訛り」とは
今、米国ペンシルベニア東部の「Delco(デラウェア郡)」訛りが注目を浴びています。
火付け役となったのは、2021年放送のHBOシリーズ『Mare of Easttown』でした。
ケイト・ウィンスレット演じる主人公らが「wooder」「houmes」「hoe-gies」といった独特の発音を披露し、その“耳に残る響き”は、SNLのパロディコント「Murder Durdur」でも取り上げられ、一躍全国区となりました。
そのDelco訛りが再び脚光を浴びているのが、ブラッド・イングルスビー脚本・製作の新シリーズ『Task』です。
本記事では、そのDelcoアクセントの正体と、役者や発音コーチがどのように「リアルな地域性」を作り出しているのか、さらにポップカルチャーにおける地方性・階層性の表現について、多角的に考察していきます。
まさに“隠れた主役”!?——『Task』のDelco訛り再現に宿るこだわり
『Task』は、FBI捜査官(マーク・ラファロ)と犯罪者(トム・ペルフリー)という対照的な二人の物語。
だが、この作品でもう一人の主役は「Delcoアクセント」である、と記事は語ります。
Both Ruffalo and Pelphrey give lights-out performances on the show, but they also share top billing with the accent itself, pouring out of their mouths and those of the rest of the surprisingly non-American cast who play Task’s sprawling universe of cops, criminals, and working class locals.
つまり、発音そのものが物語世界のリアリティ(現実味)を高め、登場人物と地域の“空気そのもの”を伝える装置となっているわけです。
実際にその再現を支えているのが、スザンヌ・サルビーというベテラン方言コーチ。
彼女は発音だけでなく、「口の開け方」「舌と上顎の距離」など物理的な感覚にまでこだわり、地元文化や感情の肌触りを引き出そうとしていると述べています。
“訛り”が雄弁に語るもの——地域性・階層性・帰属意識の重層性
Delco訛りにはどんな特徴があるのか。
地元住民以外には想像しづらいですが、記事が特徴的に説明するのが次の部分です。
You can hear it in the O’s of don’t and home and hoagie: doun’t, hou-me, hoe-gee. It’s also the eh sound for A’s in ask and after. It’s in the I’s: Noight, Foight, Poike.
このような独特の母音変化、子音脱落(TやDの消失)、さらには舌の位置による「口の奥行き感覚の違い」まで再現するのは、役者にとって単なる“モノマネ”ではありません。
地元出身者すらも発音にばらつきがあり、「家族内でも強度に差がある」とサンプル収集時のエピソードで語られています。
これはすなわち、英語のアクセント一つ取っても「学歴」「職業」「出身地」など複合的なアイデンティティと密接に結びついている証左でしょう。
こうしたニュアンスの再現には、繰り返しの練習やローカルな音源採集だけでなく、役者自身が「どこまでなじむか」「どの程度そのキャラの階層=訛りを濃く出すか」といった“演技設計”が不可欠となります。
なぜ今“地域訛り”が熱いのか?——ポップカルチャーとローカリティ再評価の潮流
では、なぜ今これほどまでにDelco訛りが注目されているのでしょうか。
まず一つは、「アメリカ=一様な標準語社会」という幻想の崩壊です。
そもそも米国は広大で、地域ごとに魅力的なローカル文化・方言がありますが、映画やドラマではニューヨークやロサンゼルス訛りばかりが脚光を浴びがちでした。
ところが近年、地方出身クリエイターや俳優たちが「自分たちの言語的・文化的リアリティ」を物語に落とし込む動き(例:マーティン・スコセッシのNYイタリアン訛りのこだわり)が広がっています。
さらに、訛り再現が単なる“ギャグ”から脱却し、むしろ人間性や階層性を繊細に伝える演出へと進化したことも重要です。
例えば記事中では、「FBI捜査官という教養あるラファロの役は訛りが弱く、地元に根ざした警官ほど強く表現される」といった演出上の緻密なチューニングが明かされています。
また、SNSやYouTubeの普及で「地方色の強い話し方」そのものが自慢のタネとなり、帰属意識や誇りと結びついたり、逆にパロディや風刺のターゲットになったりするなど、ローカリティに対する大衆の感度が大きく変化しています。
事例で考える:「訛り」は差別か?それとも誇りか?
ここで重要なのは、「地域訛り=教育・階層的な劣等感の象徴」という20世紀的な偏見が、現代では覆りつつある(少なくともポップカルチャー上では)という点です。
実際、記事でも次のように指摘があります。
So I think it has to do with both class and who you identify with. Are you the kind of person who has that sort of ability to transform? Some of them probably softened up with the accent when they were in college, but then they came back and were like, This is who I am, this is my home. Philly and Delco is kind of the scrappy cousin of New York, you know what I mean? They’re like troublemakers or something. So you gain that toughness a little bit and a very blue-collar feeling.
つまり、都会的な「標準語」にあえてならない選択もまた、“地元愛”や誇りの表現となり得るのです。
これは方言に対する日本文化の意識変化(例:関西弁の全国区化や“共感方言”としての沖縄弁人気)にも通じるところがあります。
匠の仕事に支えられる“現地感”——方言コーチと役者の二重奏
Delco訛り=ただ地域の音をなぞるだけ、というのは大きな誤解です。
記事で詳細に描かれる方言コーチ(サルビー)と役者の連携には、映画やドラマ制作におけるプロフェッショナリズムとリサーチ精神の奥深さを感じさせます。
たとえば役者トム・ペルフリーが「現地の街で地元民から直接サンプル収集」したり、海外出身の俳優(Taskでは南アフリカや英国からの出演も!)が分厚い文書・実地訓練・収録現場での随時修正を積み重ねていく姿は、いわば「言葉の職人芸」とも呼ぶべきもの。
リアルな方言再現が与えるインパクトの大きさを軽視してはなりません。
時にそれは社会的な「他者性」(外国人枠)や、「土着的アイデンティティ」の確立といった、ナショナルな議論にまで波及し得るからです。
“方言ブーム”は地域の未来をどう変えるか?
Delco訛りが全国的な話題となっている裏側には、「地方への新たなまなざしの誕生」という社会的意義があります。
記事終盤、方言コーチはこう訴えます。
Philly, we’re pretty tough. The reputation of Philadelphia is like the reputation of the sports fans. They can be … a little ratchet, as they say. … But, you know, Philly has lots of museums and theaters. It’s a beautifully built city. The best walkable city in the country. Delco is a great suburb and a beautiful place. The whole region is great. It’s wonderful for the film industry. We have studios here. We have tax credits. Bring your shows to Pennsylvania.
つまり、「訛り」は単なる言葉の違いではなく、土地と誇り、都市の再評価、そして観光や映像産業誘致といった具体的経済効果にまで波及しうるものと見なされているのです。
日本でも、方言ドラマの流行や「ご当地映画」ブームが地域への関心や移住、観光客増加に繋がる事例がしばしば見られます。
「その土地でしか味わえない言葉」が、そのまま「その土地でしか味わえない体験」への興味を持たせる——これが現代ポップカルチャーの原動力といえるでしょう。
「発音ひとつで物語が変わる」——あなたも“言葉の旅人”になろう
総じて、本記事が教えてくれるのは「方言=不便・劣等性の象徴」どころか、「言葉の違いこそが物語や人間関係の面白さ・多様性を生み出す源泉」であるという事実です。
『Task』や『Mare of Easttown』の成功は、演技のリアリティ追求の成果であると同時に、視聴者側にも「訛りを単なる笑いのネタにせず、その奥にある文化や歴史へと目を向ける好奇心」が備わってきた証ともいえるでしょう。
あなたの周囲にも、よく耳をすませば意外な“ご当地訛り”や言葉のクセがあるかもしれません。
ドラマや映画を見るときに「どんな言葉を話しているか」「それはどんな土地や暮らしに根ざしているか」を意識することで、作品の奥行きもぐっと増していくはずです。
言葉の響きから、世界の多様性を感じ取れる——それは現代人ならではの特権かもしれません。
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