この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The Iranian Revolution Almost Didn’t Happen
思い込みを覆す一言から──イラン革命の「別の現実」とは?
「イラン革命」と聞くと、1979年のイスラム国家成立や、現代中東の混乱の原点――といったイメージを抱く方が大半でしょう。
しかし、今回ご紹介するThe Iranian Revolution Almost Didn’t Happen の記事は、その常識に鋭く切り込み、「もしかしたらイラン革命は起こらなかったかもしれない」と新たな歴史的視点を提示しています。
この記事では、イランのパーレビ国王(シャー)が“絶対の安定”を誇った時代の空気感や、意外な「きっかけ」に焦点を当て、いかに歴史が偶然に左右されるかを鮮やかに描いています。
また、こうした「もしも歴史」=カウンターファクチュアルの思考法が、なぜ私たちにとって意味ある営みなのか、その理由にも迫ります。
峻烈な逆転劇の始まり──記事の主張と印象的な引用
まず、記事は次のような歴史的事実から話を始めます。
“Strange to think, but there was a time when the United States’ most steadfast ally in the Middle East was Iran. In 1953, the C.I.A. had backed a coup that ousted Mohammad Mossadegh, the popular Prime Minister, and restored power to the monarchy of Mohammad Reza Pahlavi, the Shah. For a quarter of a century thereafter, Washington watched in satisfaction as the Shah kept the peace while a U.S.-dominated consortium sold off Iran’s oil.”
(出典:The Iranian Revolution Almost Didn’t Happen)
つまり、「アメリカの中東最大の同盟国はかつてイランだった」「1953年のクーデター以降、イラン王政はアメリカと密接な関係を築き、巨大な石油利権ももたらしていた」という指摘です。
そして記事の核となる部分が次のくだりです。
“…after the editorial appeared, on January 7, 1978, seminarians incensed by the slander of Khomeini staged large demonstrations in Qom. The police opened fire, killing some. It didn’t seem like a huge deal. Yet somehow the unrest continued, increased, and in thirteen months brought the Shah’s regime crashing down. A Khomeini-led Islamic state rose in its stead.”
(出典:The Iranian Revolution Almost Didn’t Happen)
つまり、「政府系新聞がホメイニ師を中傷した社説が発端となり、宗教学者や学生のデモ、警察の発砲、それが思いのほか大きな反抗の炎となって、13カ月後には王政が崩壊・イスラム国家誕生につながった」と説明しています。
さらに本記事が依拠しているスコット・アンダーソン著『King of Kings』は、こうした歴史の転機を「バタフライ・エフェクト」、すなわち「ほんの小さな出来事が歴史の大きなうねりへと繋がる現象」として描いています。
そのコアの問いはこうです。
“If ‘events had played out just a little differently,’ Anderson asks, might the Iranian Revolution have never happened?”
(出典:The Iranian Revolution Almost Didn’t Happen)
王政安定神話の崩壊──「突然」に見える革命、その実相とは
私たちはしばしば、歴史の分岐点を「当然の帰結」とみなしがちです。
たしかに1970年代のイランは、冷戦構造の枠内にあり、王政は欧米のバックアップによる軍事的・経済的な強権体制を実現していました。
シャーは世界5位の軍事力を有し、”coronation for himself”、”planes dropped 17,532 roses” といった豪奢なパフォーマンスを行い、全土に肖像画を飾って権威を誇示します。
イラン民衆の全員が満足していたわけではありませんが、強力な秘密警察(SAVAK)と巧妙な分断支配、そして反対派の追放・収監によって公然の反体制運動は根絶されていました。
アメリカ大統領ジミー・カーターも1977年のテヘランで「In a troublesome region, Iran was an ‘island of stability’」と持ち上げたほどです。
ところが、「エタラアト誌(Etalaat)」のたった一つの中傷記事が、宗教都市ゴムでの火種、警察の強硬対応、それに続く怒りの連鎖へと雪だるま式に発展。
こうして「崩れそうになかった王政が、意外な早さと唐突さで消滅する」──これこそ、この記事と『King of Kings』が強調する「偶然性」のダイナミクスです。
カウンターファクチュアルの深淵──「もしも」は歴史の本質か?
記事の後半では、バタフライ・エフェクトや歴史の「もしも」――カウンターファクチュアルについても掘り下げています。
“Tiny causes with huge effects have long been intriguing. The seventeenth-century mathematician Blaise Pascal offered the example of Cleopatra’s nose. Had it been a different size,…”
(出典:The Iranian Revolution Almost Didn’t Happen)
パスカルの「もしクレオパトラの鼻がもう少し短かったら」という例は有名ですが、要するに「歴史を劇的に変えた偶然」に迫る視点です。
ナポレオン、ヒトラー、JFK暗殺など、特定の個人や出来事によって大きく転回する歴史――。
この思考法は19世紀以来の歴史学の大命題であり、「偉人史観」と「構造史観(大きな流れとしての歴史)」のせめぎ合いを生んできました。
記事が引用するヘーゲルの「世界史的個人(world-historical individuals)」、すなわちナポレオンのような“一人の個性が大きな時代精神を体現して歴史を動かす”という考え方は、今なお議論の的です。
逆に「いや、大事件には必ず大きな社会的・経済的背景がある」という立場も根強く共存しています。
ここにおいて、「イラン革命」という巨大事件も、“ほんの小さなきっかけ”の積み重ねによって引き起こされた「偶然的必然」の産物だった――本記事の核心的洞察はそこにあります。
私見と多角的考察──偶然と必然、イラン革命から我々が学べること
正直に言えば、私はイラン1979年革命を、単に構造的要因——石油利権への民衆の不満、王政の腐敗・抑圧、宗教指導層のネットワーク、世界的なポピュリズム——の帰結として理解していました。
事実、イラン社会には長年くすぶる不満の蓄積があり、シャー体制の「改革」と「強権」はたびたび齟齬(そご)を生みました。
しかし、この記事が示唆するように、「どんな社会的マグマが蓄積していても、それを“爆発”させるきっかけやタイミングは決して一義的ではない」点は重視すべきです。
情報操作やプロパガンダの失敗、不用意な政治的発言、出来事への過剰・過小反応が、時に歴史を動かしてしまう。
例えば、警察官がゴムで群衆に向けて発砲した「程度」や、新聞社説の書き方一つが、事態を一気に危機に転じることもあるのです。
また現代社会でも、SNSの「炎上」や情報発信の齟齬が瞬間的に政治を揺るがせる例が枚挙にいとまがありません。
イラン革命の“偶然性”・“不可逆性”を掘り下げることは、「大きな流れ」と「日々の小さな行為」の交錯点という、人間社会のリアリティへの重要な洞察をもたらしてくれるでしょう。
歴史の教訓──「どんな小さな出来事も、いつか大波になる」現代への示唆
最後に、この記事が投げかけている最大の示唆はこうです。
歴史の流れは、確かに構造や長期的趨勢で説明される部分も多い。
しかし、「何気ない小さな出来事」「思いもよらぬ発端」が大きな時代変動へと変化することもある。
これは決して過去だけの話ではなく、現代社会にも通じる教訓だと言えるでしょう。
私たちが普段見過ごしがちな「小さな発言」「小さな選択」も、時には驚くべき波紋を生む。
組織運営や国家運営のみならず、個人の生き方・社会的責任の自覚にもつながる重要な視座です。
イラン革命という“世界史的事件”の裏側にある「偶然の必然性」――。
この視点は、複雑化した現代社会を生き抜く私たち全員に、幅広い示唆を投げかけているのではないでしょうか。
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