貨物船での旅が消えゆく今、私たちは何を失うのか?

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この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
The dying industry of cargo ship travel


かつての“旅人の隠れ家”が消滅寸前!? 貨物船旅行という選択肢

皆さんは「貨物船で旅をする」という選択肢を考えたことがあるでしょうか。

本記事が取り上げているのは、かつては知る人ぞ知る「貨物船で世界を旅する」という特異な旅のスタイルが、パンデミック以降、ほぼ絶滅寸前となってしまった現状です。

今や、私たちは飛行機や豪華クルーズ船で効率的に世界を移動できます。

しかし、その裏には“大量消費型”の移動が生み出す環境負荷や、リアルな世界との距離感の喪失という問題がひっそりと横たわっています。

今回紹介する記事は、ゆったりと、けれど本質的な意味で「遠くへ行く」体験を求め続ける少数派の旅人たちの視点から、貨物船旅行という文化がどのように消えつつあるのかを鋭く描写しています。


「環境負荷を減らし、社会からも“隔絶”できる旅」——貨物船旅行の魅力

記事の中心人物であるHamish Jamieson氏は、30年にわたって貨物船旅行仲介業を営んできた人物。

彼は、貨物船での旅の魅力を次のように語っています。

“There was no cabaret. There were no deck chairs. There was no steward in a white coat and a simpering smile looking for a tip… You can switch off from society. And that’s a very, very big attraction for a lot of people.”

これは、いわゆる「サービス過剰型」のクルーズとは一線を画し、乗客が本来的な自分自身に戻れる空間であったことを示しています。

さらに記事は、旅行費用が航空機とクルーズ船の中間であること、エンターテイメントが一切なく「自分で時間を過ごすしかない」環境が多くの人の“デジタルデトックス”や自己回復の時間として重宝されていた点も強調します。

また、環境意識の高まりと共に、「エコであること」も大きな魅力となりつつありました。


パンデミックと経済の論理が招いた“断絶”——復活はあるのか?

しかしこの静かなる人気も、COVID-19のパンデミックによって一夜にして終焉を迎えてしまいます。

その背景には、商業船会社の利潤追求と感染症リスク管理の板挟みという厳しい現実がありました。

記事では、

“For merchants, the money made by taking passengers was negligible. ‘I can’t promise them more than maybe 1-1.5 million euros a year of income,’ explains Jameson, ‘these shipping companies make that in a week.’ ”

と指摘されており、貨物船に「乗客」という存在を乗せ続けるインセンティブがほぼ消滅してしまったことは明白です。

筆者が強調したいのは、ここで失われたのは単なる移動手段ではなく「時間」と「空間」と「人間関係」の質そのものです。

貨物船旅行の大きな特徴は、“旅人が日常社会から物理的・心理的に切り離され、自己と向き合う特別な時間が流れる”という点に集約されるでしょう。

例えば、記事中で登場する45日間のシンガポール〜イスタンブール航路を旅した旅行作家のKalogirou氏が語っているように、

“You’re part of the crew. You’re part of the ship. You feel very much like you live there.”

と、単なる観光客ではなく「船の一員」として日常に溶け込む経験は、他のいかなる旅でも味わい得ないものです。


脱炭素と「移動の再定義」——貨物船旅行に宿る時代のヒント

興味深いのは、貨物船旅行を求める動機が単なるノスタルジーだけではなく、気候変動への危機感や「移動そのものの価値を見直す」新潮流とリンクしている点です。

実際に、気候変動アクティビストのEnzo Terranova氏は、

“If I had taken the same itinerary but by plane, my carbon footprint would have been catastrophic,”

と述べています。

記事によれば、

“A single economy ticket travelling from Auckland to Los Angeles creates around two tonnes of emissions, whereas a cargo berth over the same distance costs just 160kg.”

この比較だけで、貨物船旅行の存在意義が際立ちます。

航空機による長距離移動は全世界のCO2排出の4%を占めますが、実は「飛行機に乗れる経済的余裕を持つ層」は極めて限定的——それでも、今後は航空機由来の排出量が2050年には全炭素予算の25%に迫るという衝撃的なシミュレーションも示されています。

このような背景の中、フランスやスペインでは短距離フライトへの規制が強化され始めました。

しかし、根本的な解決には、単なる「禁止」ではなく、社会全体で「旅のあり方」を再発明していく必要があるのです。

貨物船での“超スロー・トラベル”は、その極端な見本とも言えるでしょう。


「贅沢」から「サバイバル」へ——本物の冒険と現代社会の距離感

もちろん、貨物船の旅が完全無欠な選択肢かと言えば、決してそうではありません。

記事中に登場したKalogirou氏も、停泊地での不安定な旅程変更や、ネット不通の日常(彼女にとっては“blessing”だったと語っています)など、時に“文明”から完全に引き剥がされた体験も語っています。

また、実際に貨物船旅行を再開できたEnzo Terranova氏のような例は、世界的物流大手の「偶然の計らい」に過ぎず、広く開かれた道とは到底言えません。

Jamieson氏自身も、

“The dreams are free,” he sighs, reclining on a La-Z-Boy with a scotch. “I’m staying hopeful but with a tinge of, you know, that sense that you’re wrong.”

と“夢を見るのは自由だが…”という一抹の悲哀を滲ませています。

今や、「何もない」「時間だけがある」「自分と向き合う」そんな旅が贅沢から“ほとんどサバイバル”へとシフトしていることが分かります。

しかし、ハイパー情報社会を生きる現代人こそ、本当はこうした“強烈な孤独と自己無化”の空間でしか得られない知覚や学びを欲しているのではないでしょうか。


あえて“立ち止まる”ことの意味——貨物船が問いかける「旅の再定義」

最後に、この記事から私たちが掴める最大の示唆は、“移動はただ「距離や速さ」だけで測る時代が終わりつつある”ということです。

貨物船での旅が消えゆく今、表層的な利便性や効率性の背後で、私たちは「本物の移動体験」「自己と向き合う時間」そして「地球社会との健全な距離感」といった、失ってはじめて気付く価値を置き去りにしつつあります。

この現象は、いわゆる「サステナブルシフト」や「スロートラベル」ブームの外延で起きている、小さくも根源的な問いかけです。

たとえ貨物船旅行がこのまま再開されずとも、私たちは“時間と空間の質”を大切にする旅の再定義を始めることができるはずです。

自ら移動の意味や方法を問い直すことーーそれこそが、「新しい旅の時代」を自分自身でつくる最初の一歩なのではないでしょうか。


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