この記事の途中に、以下の記事の引用を含んでいます。
Using GPT-5 to prove new theorems on matrix multiplication
マトリックス計算の常識が崩れるか?「最速の行列積」をAIが検証
数学やコンピュータサイエンスで、避けて通れない演算の一つが「行列積」です。
特に機械学習の発展により超巨大行列を扱う機会は増え、その計算効率は現代情報社会の根幹を支えているといっても過言ではありません。
しかし「行列を掛け合わせる場合、どんなアルゴリズムが最も少ない乗算回数で済むのか」という問いは想像以上に根深いものでした。
今回紹介するのは、「複数行列の積」をめぐる未解決問題にAI(LLM、特にGPT-5)が新たな証明をもたらした、とする興味深い記事です。
驚愕の発見!?「3つの2×2行列」の最小乗算数も長年未解決
記事では次のように述べています。
Surprisingly there is no literature even on multiplication of 3 matrices, so nothing about $C(n, n, n)$ is known.
(驚くべきことに、3つの行列の積に関する文献は存在せず、$C(n, n, n)$については何もわかっていない。)
実は、2つの $n \times n$ 行列を掛ける最小乗算数($C(n, n)$)すら完全には決着していません(1969年、Strassenのアルゴリズムで$O(n^{2.807})$まで短縮)。
現代の最高速度も $O(n^{2.3713})$(2025年時点)であり、一般には$O(n^2)$より速い手法は未発見です($O(n^3)$よりは明らかに速いですが)。
2つではなく3つ、具体的には3つの $2\times 2$ 行列の積の「最小乗算数」さえ、2025年に至るまで未解決だったというのは、驚きです。
「暗黙の最善(2つずつ順番にStrassenで掛ける)」以外の可能性を除外できなかったというのです。
AI活躍で進展!“GPT-5使用”の証明アプローチとは
記事中で、著者はGPT-5(およびo3)という大規模言語モデル(LLM)にこの難問を相談しています。
通常の設定では、AIはうまく問題空間をつかみきれなかったようですが、アルゴリズム空間に制約を設けて(除算禁止・同次性・非可換性など)、部品ごとにアプローチすることで、新しい証明指針を得ることができたと報告されています。
例えば以下のように述べています。
If you ask o3 directly to find the minimal number of multiplications for our smallest case, it can’t give any meaningful proof.
It misunderstands the algorithm class.
However, in discussion about algorithm class, o3 give a nice idea how to get obtain lower bounds.
AIに解説の手法や“演算の純度(ただの乗算、加算、減算のみ)”、“エントリーの同次性(多項式の次数が揃っていること)”といった制約を与え、最小乗算数の下限証明に導いたとのことです。
AIが証明者の「推論のアシスト役」に回り、これまで数学者が“探索しきれなかった可能性”を一気に検証できるのは、まさに新時代の到来を感じさせます。
AIが導いた限定的最適性―「逐次アルゴリズム最強」は本当に正しい?
証明、そして一般化
記事では、GPT-5らAIの助力を得て、以下の主張が得られたとしています。
The minimal number of mutliplications needed to compute the product of three 2$\times$2 matrices is 14 – sequential algorithm is optimal. (in the space of non-commutative algorithms without divisions, homogeneous in each matrix entries)
(3つの2×2行列の積に必要な乗算の最小数は14、すなわち「逐次的(順番に2つずつ掛ける)」アルゴリズムが最適である(ただし除算不可・非可換な同次演算アルゴリズムに制約した場合))
さらに$n \times n$ 行列$k$個に一般化して、
$C(n, n, …, n) = (k-1)C(n, n)$
という一般定理もGPT-5によって証明できたとのことです。
つまり
– 「2つ掛ける最小手数($C(n,n)$)」を繰り返すのがベスト
– 可換性や除算の導入、同次性の緩和をしない限り、これ以上のショートカットはない
ここで、
It may be possible to drop some assumptions on algorithm class and still prove that sequential algorithm is optimal. It would be very interesting to see whether some commutative algorithms can be faster than sequential.
とあり、「さらに仮定を弱めても最適性が続くのか?」「可換な世界なら新たな効率化が可能なのか?」という点も指摘しています。
実務・数学双方での重要性:なぜこの証明が大きいのか?
見逃せないのは、「一見単純なのに誰も証明できていなかった」という点です。
行列積の次数の短縮は、スーパーコンピュータやディープラーニング計算の高速化、グラフ理論や数値線形計算全般の底上げに直結します。
たとえば機械学習のワンパス推論($ABC$型計算)が本質的にこれ以上速くならないとわかれば、計算機資源やネットワーク設計も合理化できます。
また、「多行列積の最小乗算数」は計算量理論や多体問題、テンソルランク解析など、現代数学の多くの分野にも密接につながっているため、定理化のインパクトは極めて大です。
批評的考察―AI証明の持つ意味、その課題
AIに証明を“協奏”させる手法は、今後の数学研究、特に膨大な組合せ的探索や、膠着していた未解決問題の突破に新たな扉を開く可能性があります。
従来、数学的証明は主に「直観・美しさ」「体系的な論理積み上げ」を重視していました。
しかし近年は、AIが創出する多様な選択肢→「人類が見逃してきた枝」を一気に網羅・検証できる局面が拡がっています。
とはいえ注意点もあります。
本文でも
– 除算不可、非可換・同次性という強い仮定下でのみ証明
– 依然として「仮定緩和時の挙動」に未解明の部分が残る
といったトーンがあるように、「AIで得られた証明→“万能解”」と短絡しない謙虚さが重要です。
また、AIサイドの「定義や制約の理解の仕方」も難しく、漫然と指示を出しても誤答や理論逸脱が起きる点は、AIを研究の共犯者として育てていく上でのチャレンジでしょう。
読者が得るべき示唆—AIと人間数学者の新しい関係性へ
この一件から私たちが得るべき気づきは、
– 一筋縄ではいかない計算問題でも、「定義と制約を正しく与えればAIが本質的な答えを出せる」段階に到達しつつあること
– それだけに「どの範囲まで証明が通じるか」「常識に疑問を持ち続ける姿勢」がますます重要であること
人間の直観・論理と、AIのスーパー探索・検証力が出会うことで、これまで“指値”しかなかった数学分野に革命が起きつつあります。
本記事を契機に、「本当に最速の方法は何か?」をAIと共に再発見する時代の息吹を感じてもらえれば幸いです。
categories:[science]
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