1. 序章:なぜ“トレーダー・ジョーズ”が議論の的になるのか?
スーパーの話題と聞けば、これほどまで深い議論に発展するとは思わない人が大半だろう。
しかしFreakonomics Radioのこの特集「Should America Be Run by Trader Joe’s?」は、米国のユニークなスーパーマーケット「トレーダー・ジョーズ(Trader Joe’s)」のビジネスモデルから、およそ全く異なる分野──政治や行政、社会運営までをも、根底から考えさせる問題提起となっている。
いったいトレーダー・ジョーズとは何者か?
そして、その運営哲学が国や社会、組織運営に応用しうる可能性とは?
2. 記事の主張・引用:「バカげて聞こえる戦略が実は最強だった?」
記事の冒頭では、ブライアント大学教授のマイケル・ロベルト氏が学生にこんな仮想ビジネスを提示する。
“ブランド品なし。自社ブランドだけ。広告もしない。セールやクーポン、一切なし。会員カードもない。広い通路も大駐車場もない。これに投資したいですか?”
(引用元:https://freakonomics.com/podcast/should-america-be-run-by-trader-joes-update/)
多くの学生が「それでは勝てるはずがない!」と見なすこの戦略。
実は現存し、大手スーパーを圧倒する業績を記録している。
さらに…
“トレーダー・ジョーズは、売上高が業界平均を大きく上回り、従業員満足度もトップクラス”
(引用元同上)
記事の核心は、「いかにして数々の“常識破り”で業界トップに躍り出たのか?」「その哲学は他分野で応用できるのか?」というテーマにある。
3. トレーダー・ジョーズに学ぶ“選択肢の整理”と“徹底した顧客目線”のインパクト
選択肢は“多ければ多いほど良い”は本当か?
今日の私たちは、巨大スーパーに並ぶ約3万5千アイテム(SKU)の中から「選ぶ自由」にむしろ悩んでいることが多い。
これに対し、トレーダー・ジョーズは約3,000点にセレクトを絞り、その大半を自社開発商品のみとしている。
「なぜそんなに少ないのか?」と疑問に思うかもしれない。
その核心にあるのは、コロンビア・ビジネススクールのシーナ・アイヤンガー教授らの「選択の科学」だ。
彼女の有名な“ジャムの実験”は、選択肢が多すぎるとかえって人は決断できなくなる(ジャム24種提供時には3%の購入率、6種では30%!)ことを示した。
“選択肢が6つのときにはより多くの人が実際にジャムを購入した”
(引用元:https://freakonomics.com/podcast/should-america-be-run-by-trader-joes-update/)
これは日常経験にも共通する。
冷蔵庫の前で「今日は何を食べよう」と延々と考え込んだり、Amazonで商品比較をして“決め切れず”に終わるあの感覚だ。
トレーダー・ジョーズの「ちょうど良い量の選択肢と小さな驚き」を提供する姿勢は、まさに人間行動学的にも理にかなっている。
徹底的な“顧客第一”主義――データ収集も広告も手放す勇気
さらにこのスーパーの特徴は、人と人のリアルなコミュニケーションを大切にすること。
営業中の店内に多くの従業員を配置し、積極的に声掛けと試食体験、親身なサポートを徹底する。
売上は全米でトップクラスだが、IT化・データ連携・ロイヤリティプログラムといった技術主軸型のビジネスには背を向けている。
“もし客がワイン1本欲しがって15分かけて探しても、マネージャーも歓迎して喜ぶ。それが顧客を大切にするということ”
(引用元同上)
このスタイルは、利益効率一辺倒の社会に「人的投入と手づくり感、温かみ」を根付かせる好例だ。
多数派でなく“濃いファン”を増やす独自戦略
また興味深いのは、徹底的な“クリームスキミング(上澄み狙い)戦略”だ。
最初から「みんなのため」ではなく「都会的な知的層・好奇心旺盛な客」を絞ってターゲットにし、他の顧客は“捨てる”ことを厭わない。
よって逆に、熱狂的ファン──住まいの近くになければ何百kmも離れていても「わざわざ旅してでも買う!」という人まで現れるほど。
この繋がりこそ、ペットボトル水やPB商品で“違いの分かりにくい”時代において、唯一無二の共感とロイヤリティを生み出している。
4. 私の考察:「トレーダー・ジョーズ式」が組織・行政に投げかける示唆
「少なさは豊かさ」「顧客パートナー主義」は社会の変革エンジンになるか?
この記事が面白いのは「この経営哲学、スーパーの枠を超えて役立つのでは?」と真面目に問うている点だ。
実際に想像してみよう。
窓口業務をはじめとするお役所の事務手続きが、「顧客を敵視する競技型」から「同じチーム(市民+公務員)」の協業モデルになったら……。
何か不足書類があれば「ここを直してください。今すぐ近くのコピー店で印刷できますよ。もし他にも不備があれば今まとめて案内します」といった“共感型サービス”になれば、どれだけ気が楽になるか。
“自分たちが同じ側に立てばサービスの質は大きく変わる”
(引用元同上)
しかし同時に、その価値は一朝一夕にコピーできない“トレーダー・ジョーズ文化”の複合体から生まれている。
店舗設計、商品の「絞り込み」方、人材の採用・育成、現場での自主性、広告の控え方まで一体化されているからこそ再現性が高いのだ。
表面的な模倣だけでは“顧客に愛される組織”は作れないということだろう。
日本社会・日本企業への応用可能性について
筆者が暮らす日本でも、トレーダー・ジョーズ型の“オルタナティブ戦略”は大きな可能性を秘めているように思う。
例えば行政サービスの「メニュー」を減らして、一人ひとりに出会う人的サポートを厚くする。
病院やクリニックでも医師や看護師が“患者の心情や目的変化”にあわせて最小限の選択肢・情報案内を絞り込む。
学校教育でさえ「コースや選択肢の乱立」より“少数精鋭・深掘り型”の体験重視にシフトする……。
日本独自の“おもてなし文化”との相性を考えても、トレーダー・ジョーズ流の「人間中心主義」は十分に応用可能と考えられる。
地方の小規模スーパーなどが、この手法を部分的に導入して差別化に成功している例も散見される。
デジタル時代の“アナログ最適解”の価値
IT化・データ駆動の効率化が全能視されがちな現代だからこそ、「面倒でも、人のあたたかさとセレクト眼で挑む」消費体験が強い共感と持続的なロイヤリティを得る──。
もし組織や社会が最新ITプラットフォームと“トレーダー・ジョーズ式”のアナログ美学を柔軟に組み合わせられれば、持続可能性+幸福度向上という最大益を得られるのではないだろうか。
5. 結論:「何を減らし、何を増やすか――あなたの組織運営にトレーダー・ジョーズから学べること」
本記事が示しているのは、単なる“成功企業の分析”にとどまらない。
どこまでも「人の心理」「本能」「快適性」に忠実な設計を貫けば、奇抜な戦略も強みになりうる、という事実だ。
「選択肢の数を減らす」「従業員/顧客とのリアルな接点を重視」「堅苦しいイメージや競争的な空気をほどいてワクワクする体験を設計」といった哲学は、企業経営者だけでなくNPO、病院、教育機関、さらには行政にも重大なヒントを提供してくれる。
何かに行き詰まりを感じたとき、「あなたの組織は何を減らし、何を増やすべきか?」という問いに、トレーダー・ジョーズの事例が力強いヒントを与えてくれるはずだ。
“ミケランジェロのダビデ像は、「余分を削る」ことで誕生した──組織も同じ”という言葉を再度胸に刻みつつ、今一度自らの現場を観察してみてほしい。
あなたの会社・組織・行政サービスでは、“もっとも大切なもの”にどれだけ投資できているだろうか?
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